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追加関税率引き上げ後も続く米中貿易協議

2019年05月10日

予定通りに追加関税率引き上げ

米国時間の10日午前0時1分に、中国からの輸入品2千億ドル相当分に対する追加関税率を10%から25%に引き上げる、トランプ政権の制裁措置が発動された。これは、米中間の貿易協議が決裂したことを意味するが、一方で、9日に始められた米中閣僚級貿易協議は10日も継続されるという、分かり難い展開となっている。

追加関税率の引き上げは実施されたが、9日までに中国を出た対米輸出品の追加関税率は、10%のまま据え置かれる。船便は数週間かかるため、対象となる多くの輸入品については、実質的に適用が数週間猶予される。これを脅しにして、トランプ政権は中国からの譲歩を引き出す戦略である。合意が成立すれば、今回の措置も無効にするのだろう。

トランプ大統領は、習近平国家主席と電話会議を行う考えも明らかにしている。また、トランプ大統領は、週内にも中国と合意する可能性があると発言しているが、これは難しいのではないか。ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表は、週内に合意できる可能性は低いと、議員らに電話で伝えたという。

トランプ大統領は昨年9月にも、「米中協議が進行中は追加関税の引き上げはしない」との中国政府との約束を一方的に破り、追加関税の導入を決めた。今回も、米中首脳会談で、米国は協議中に対中関税の引き上げをしないことを中国側と約束していた。トランプ大統領が関税率の引上げを実施し、再び約束を破棄することになったことから、中国側の不信感は高まることは必至だ。


米中対立は解消されない

今回、金融市場は、10日の追加関税率引き上げまでに米中貿易協議で合意が成立し、米中間貿易紛争が解消されるか、それとも協議が決裂して、貿易戦争が激化し、世界経済に甚大な悪影響が及ぶのか、まさに大きな「分岐点」との見方を強めた。それは、トランプ大統領の劇場型の演出によって高められた面もある。

しかし、やや長い目で見れば、必ずしも重要な分岐点とは言えないのではないか。仮に両国が今回合意できないとしても、協議は続けられる可能性は高い。他方、合意が成立してもそれで米中間の対立が終わる訳ではない。

米中貿易協議と呼ばれてはいるものの、実際には、貿易不均衡の是正を目指す貿易協議の範疇は、既に超えている。米国は中国の経済政策の枠組み、いわば体制の修正を迫っている。中国にとっては、内政干渉との不満を強めていることだろう。しかし、対立を激化させないために、中国政府は米国側の要請を一定程度受け入れ、いわば時間稼ぎを図っている。

しかし、米中貿易協議で合意が成立したとしても、米国側は中国が合意内容を履行しているかどうか、常に懐疑心を持ってみていくことになる。いずれは、履行がなされていないことを理由に、米国側が合意を一方的に破棄し、新たな協議を始めることも十分に考えられる。今回、両国間の争点の一つとなっている、国有企業の産業補助金の見直しにしても、国有銀行を通じた低利融資など、間接的なものを含めれば多くの補助手段があり、それをすべて外部からチェックすることは不可能だ。


追加関税導入の経済への打撃は別次元に

このように、長い目で見れば、米国にとって中国が経済、先端産業、安全保障上の脅威であり続ける限り、米中対立は解消されることはないだろう。この点から、今回は大きな「分岐点」とは言えない。しかし、短期的な視点に立てば、今回の協議で合意するか、あるいは決裂するかは、当面の世界経済に大きな影響を与え得る。

トランプ大統領は中国からの輸入品2,000億ドルに対する関税率を25%に引き上げることにとどまらず、輸入品全体に追加関税を導入する考えを示している。これが実施されれば、米中経済への悪影響は今までの5倍近くにも膨れ上がる計算だ。日本のGDPも0.6%程度の押し下げと試算される。経済への打撃は別次元に入っていく。

経済協力開発機構(OECD)の試算によると、現状までの米国の対中追加関税と中国側の報復関税措置は、米国のGDPを0.2%、中国のGDPを0.3%引き下げる。しかし、以上のような展開となれば、米国のGDPを合計で1.0%、中国のGDPを合計で1.4%押し下げることになる。世界のGDPも0.8%程度押し下げる計算となる。


世界経済後退の引き金にも

こうした措置が、緩やかに進められるのであれば、経済的な打撃は軽減されるが、今回の米中対立を受けて、年内にも追加関税措置がすべての輸入品に拡大されることになれば、経済への打撃は大きくなる。

昨年末に急激に悪化した中国経済には、3月以降の経済指標に持ち直しの傾向が見られる。しかし、米中で報復関税の応酬となれば、中国経済が「2番底」を付けにいく蓋然性も高まろう。また、現状ではなお堅調を維持している米国経済にも、減速感が生じる可能性もあるだろう。そうなれば、年後半に持ち直しという日本の景気シナリオにも大きな狂いが生じ、景気後退の確率は高まることになりかねない。

さらに、今回の米中協議の行方は、日米貿易協議の進展にも影響を与えるだろう。米中貿易協議で対立が一層強まれば、米国政府は対中協議に集中するため、日米貿易協議の本格化はさらに遅れることになるだとう。

トランプ大統領は、参院選後に日米協議を本格化させるという日本政府の要請を受け入れる考え、との報道もある。日本政府がそのように働きかけたのは、貿易協議で日本が不利な条件を米国から押しつけられ、それが政治的にダメージとなるとの大きな懸念を持っているからだろう。

日本にとっては、米中協議のみならず、円高リスクも含む日米貿易協議の行方も、景気情勢を大きく左右しかねない。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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