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ECBのドラギ総裁の記者会見-Proactive

2019年03月08日

はじめに

今回(3月)の政策理事会で、ECBはかねてて議論のあったTLTROの再開を決定しただけでなく、現状の政策金利を少なくとも年内は維持するという形でフォワードガイダンスを強化した。同時に、執行部による景気見通しの大幅な下方修正に同意を示すことで、今回の政策決定が景気減速に対応するものであるとの位置づけを明確に示した。


経済見通しの改訂

ドラギ総裁は、冒頭説明の中で、ユーロ圏の第4四半期の実質GDP成長率が前期比+0.2%と第3四半期の+0.1%から殆ど改善していないことを指摘した。しかも、その後の経済指標も生産を中心に弱く、外需の減退の影響をユーロ圏固有の問題が一層悪化させているとの理解を示した。

その上でドラギ総裁は、こうした理解が執行部による2019~21年の実質GDP成長率見通しに織り込まれていると説明した。新たな見通しは+1.1%→+1.6%→+1.5%となり、前回(2018年12月)の+1.7%→+1.7%→+1.5%に比べて今年の成長率が顕著に引き下げられ、潜在成長率を明確に下回るものに変わった。

もっともドラギ総裁も、政策理事会としてユーロ圏の景気拡大のモメンタムはなお維持されていると判断した点も併せて強調した。つまり、雇用や所得は堅調な拡大を続け、稼働率や金融環境など設備投資を巡る環境も良好であることを確認した。

つまり、景気減速の根源は主として海外にあるとの見方を維持し、Brexitを含む地政学的問題、保護主義の台頭、中国を含む新興国経済の不安定性に言及した。今後については、これらの要因が各国当局の対応によって徐々に緩和されるとしつつも、ECBがこれらを直接変えることができない点で不確実性があり、従って景気見通しには下方リスクが残るとの判断を維持した。

執行部は物価見通しも下方修正した。HICPインフレ率の2019~21年の新たな見通しは+1.2%→+1.5%→+1.6%となり、前回(2018年12月)の+1.6%→+1.7%→+1.8%から前半を中心に引き下げられた。ドラギ総裁はこうした修正は景気見通しの引下げ、つまりGDPギャップ縮小の遅延によると説明した。

一方でDraghi総裁は、政策理事会として物価についても2%目標に向かう動きは維持されていると判断したことも強調した。つまり、GDPギャップの存続に加えて、賃金から物価への波及が引続き弱いために、以前の予想よりも目標達成に時間を要するだけであるとの理解を示した。


フォワードガイダンスの強化

今回(3月)の政策理事会が決定した主な政策変更は、フォワードガイダンスの変更とTLTROの再開の二つである。

前者は、政策金利を現状のまま維持する期間について、前回(1月)まで「少なくとも夏まで」としていたのを、今回(3月)は「少なくとも年内まで」と延長するものである。ドラギ総裁は、保有資産の再投資に関する既存のフォワードガイダンス(少なくとも利上げの開始後相当の期間は続ける)とも相俟って、金融政策の正常化のスケジュールに関する期待を全体的に後ズレさせることで、緩和効果を発揮するとの考え方を強調した。

これに対しては、複数の記者が、市場は既に利上げ開始が来年にずれこむとの見方に傾いていただけに、フォワードガイダンスの変更もそれを追認するに過ぎず、追加緩和の効果は乏しいとの批判を示した。これに対しドラギ総裁は、景気見通しの下方修正と整合的な形で政策運営方針を示すことが、信認の維持にとって重要との考えを説明した。

また、別な記者は、これまでECBは先行きが不確実である中では慎重に状況を見極めることが適当と説明していたはずと指摘したのに対し、ドラギ総裁はそうした原則は引続き有効だが、リスクがより明確になった以上、proactiveに対応することが重要との考えを示した。

フォワードガイダンスの強化に関しては、事態がさらに悪化した場合の政策手段に関する質問が相応にみられたことも注目される。ドラギ総裁は、今回(3月)の政策理事会では量的緩和の復活を含めて他の手段は一切議論していないと説明した上で、追加緩和の手段はきちんと存在しており、どのような条件で発動するのかがむしろ問題であると指摘した。


TLTROの再開

今回(3月)の政策理事会はTLTROの再開も決定した。具体的には、2019年9月から2021年3月にかけて四半期ごとに実施し、対象となる貸出残高の30%を利用額の上限とすることや、最長期間は2年とし、適用金利はMRO利回りに連動させることなどが公表された。

これを前回のTLTRO(2016年6月~2017年6月)と比べると、利用期間が半減したことは明らかであるが、利用する銀行に対するインセンティブの仕組みを含めて今回のTLTROの細部は今後に公表されるため、現時点では詳細な比較はできない。

ドラギ総裁は、TLTROの再開が銀行貸出の活性化を通じた緩和効果の波及にある点を強調し、その背景が経済見通しの下方修正にあるとして、追加緩和としての位置づけをアピールした。

少なくとも市場では、TLTROの再開が前回のTLTRO(初回実行分)の残存期間の短縮に伴うNSFRとの関係で議論されていただけに、記者会見でも、開始をなぜ本年6月でなく9月にするのか質す向きがみられた。ドラギ総裁は銀行が発行している債券の償還時期なども考慮して開始時期を決めたと回答したが、それ以上の説明は得られなかった。

加えて、一部の記者からは、TLTROが銀行に対する収益支援ではないかとの批判も示されたが、ドラギ総裁は、銀行が市場調達より有利な条件を享受しうることは事実としても、銀行貸出の活性化という政策目的が期待できることを強調した。

なお、銀行収益との関係では、別の複数の記者がマイナス金利政策に伴う副作用を提起し、対応策について質したことも注目されるドラギ総裁は、量的緩和は銀行収益を増やしたように、金融緩和に伴う影響は複雑であるし、各銀行のビジネスモデルによって影響の出方は異なると説明し、マクロ的な対応策の必要性に消極的な考えを示唆した。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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