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FRBは物価目標政策の柔軟化を検討

2019年03月04日

予想物価上昇率の下振れを懸念

米連邦準備制度理事会(FRB)は、2%の物価目標をより柔軟に運用することなどを含む、金融政策の枠組みの見直しを検討する。これを主導するのは、クラリダ副議長だ。同氏によると、FRBは年内に開く地域会合や学会を通じて、現在の柔軟な物価目標政策の見直しを検討し、また、2重責務(デュアル・マンデート)である物価安定と完全雇用の達成に向けた戦略や手法、コミュニケーションの調整を検討するという。その結果は、2020年上期に公表される予定だ。

2%の物価目標をより柔軟に運用することについては、クラリダ副議長だけでなく、アトランタ連銀のボスティック総裁、ニューヨーク連銀のウィリアムズ総裁、ボストン連銀のローゼングレン総裁らも賛成しているとみられる。

こうした議論が広がる背景には2つある。第1は、政策金利であるFF(フェデラル・ファンズ)金利が2.25%~2.5%の水準で頭打ち傾向が見られる中、次の景気後退時に、政策金利の十分な引き下げ余地がない、との懸念が高まっていることだ。ちなみに、過去5回の景気後退時には、FF金利は平均で5.5%引き下げられた。政策金利に十分な引き下げ余地がないことが明らかになると、中長期の予想物価上昇率が一段と下振れし、それが実際にデフレリスクを高めてしまうことが懸念されているのだ。

第2は、現在の10年に迫る景気回復局面を通じて、コアインフレ率の実績値の平均値が1.6%と、2%に届いていないことだ。その結果、中長期の予想物価上昇率も2%を下回り、それが2%の物価目標達成を難しくさせるという悪循環が生じていることが懸念されている。

また、中長期の予想物価上昇率と実際の物価上昇率が2%を下回っている背景に、2%の物価目標の許容範囲が上下対称であることが理解されていないことがある、との指摘もある。つまり、物価上昇率が2%を下回る局面では、FRBは金融緩和策を通じて物価上昇率を押し上げようとする一方、物価上昇率が高まり2%に接近する局面では、FRBはすかさず金融引き締め策を実施し、物価上昇率が2%を上回らないようにしている、との観測が、中長期の予想物価上昇率と実際の物価上昇率を2%から下振れさせている、との考えだ。


検討される2つのアプローチ

こうした問題意識に基づいて、物価目標政策は、現在、2つの方向で見直しが検討されている模様だ。第1は、物価水準目標の導入だ。2%の物価目標は、過去の物価上昇率の実績如何に関わらず、常に2%の物価上昇率を目指すものだ。例えば、前年の物価上昇率が1%にとどまったとしても、翌年に目指す物価上昇率は2%で変わらない。これは、「過去を問わない(let bygones be bygones)」アプローチとも言われる。

FRBが2%の物価目標を導入したのは2012年だが、それ以降、物価上昇率は2%を下回り続けてきた。その結果、物価の水準は、当初FRBが2%の物価目標を導入した時点で想定された経路を相当下回っている。それをFRBが容認していることが、中長期の予想物価上昇率を下振れさせている、との指摘がある。これは、ウィリアムズ総裁が以前から強く主張してきた点だ。

こうした問題意識に基づいて提案されているのが、物価上昇率ではなく、物価水準を目標値に据えることだ。元FRB議長のバーナンキ氏は、政策金利がゼロまで低下した場合にのみ、目標を物価上昇率から物価水準に変更し、政策金利を相当期間引上げないといったガイダンスを示すことで、中長期の予想物価上昇率の下振れを回避する、という独自案を示している。

第2の案は、景気循環の中で平均的に2%の物価上昇率を目指す、というものだ。この枠組みのもとでは、景気後退局面には物価上昇率は2%を下回りやすいことから、景気回復局面では2%を超える物価上昇率を目指す、あるいは容認することになる。

パウエル議長は、物価目標政策の枠組み修正には慎重であるようだが、最終的には何らかの修正が決まる可能性が高いのではないか。


FRBも日本の経験に学ぶ

しかし、物価水準目標は、物価が目標水準から下に乖離すればするほど、より極端な金融緩和の実施を強いられるなど、かなり危険な要素をはらんでいる。

物価上昇率目標が上下対称であることが十分に理解されていないことなどが、中長期の予想物価上昇率の下振れをもたらしており、枠組み修正を通じて中長期の予想物価上昇率を2%に誘導することが今回目指されている。だが、2013年以降の日本の経験に照らしても、金融政策を通じて中央銀行が中長期の予想物価上昇率をコントロールすることはかなり難しく、それをしようとすると多くの問題を生じさせるリスクがある。

また、経済の潜在力低下とともに、望ましい物価上昇率は、既に2%を下回っているのではないか。この点から、2%という目標の水準自体を、もっと柔軟に考えるべきなのではないか。物価上昇率の望ましい水準、あるいは物価が安定している状態での物価上昇率が2%を下回っているなか、FRBが景気回復局面で2%を上回る物価上昇率を容認する姿勢を強調すれば、それは常に金融緩和が行き過ぎてしまう、との期待を金融市場に醸成させ、金融不均衡、いわゆるバブルを生成しやすくなってしまうのではないか。

FRBの物価目標政策は、日本銀行と比べれば今までは柔軟に運用されてきたように見受けられる。他方で、現在検討されている枠組み修正には、日本銀行の経験に照らして、相応のリスクがあるように思われる。FRBも、日本銀行の失敗に学ぶことができる余地は大きいように思われる。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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