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ECBのドラギ総裁の記者会見-Persistence of slowdown

2019年01月25日

はじめに

ECBによる今回(1月)の政策理事会は、予想通りに金融政策の現状維持を決定した。その上で、これまで意見が分かれていた先行きのリスク評価についても、全会一致で下方にシフトしたと結論付けた。


ECBによるリスク評価

ドラギ総裁は、質疑応答の前半において、リスク評価に関する今回(12月)の政策理事会での議論を詳細に説明した。

まず、ドラギ総裁は、新たに公表されている経済指標が予想よりも弱いだけでなく、先行きについてもリスクが下方にシフトしたことについて、全会一致で合意した点を指摘した。その背景については、大きく分けて、①全般的な不確実性の高まりと、②特定国での問題の発生、の二つが挙げられたと説明した。

①についてドラギ総裁は、政策理事会メンバーから、保護主義の高まりやBrexitに関する調整の遅延、域内主要国における政治の不安定化といった要因が指摘されたと説明した。なかでもBrexitについては、ユーロ圏経済への影響が決着の仕方によっては一時的に止まる可能性を認めつつも、英国とユーロ圏との密接なvalue chainを通じた影響の広がりや、ユーロ圏の中でも対英依存度の大きい国への集中的な影響について議論があったと述べた。

また、②については、米中貿易摩擦や中国やドイツの景気減速といった要因が挙げられたと述べた。その上で、政策理事会としては、これらが継続すればユーロ圏の経済活動を下押しするリスクがある点を認めた一方、影響が継続するか否かについては政策理事会で意見が分かれたと説明した。

つまり、ドラギ総裁によれば、政策理事会メンバーの一部は、中国が強力な経済対策を実施するとか、米中貿易摩擦が比較的短期で収束するといった期待を前提に、影響が継続する可能性は低いとの考えを示した。これに対し、他のメンバーからは、こうした問題が仮に比較的短期で収束しても、企業や家計のマインドにはマイナスの影響が残るとの反論があった。

ドラギ総裁は、今回(1月)の政策理事会では、これらの議論を踏まえて、ユーロ圏がリセッションに陥る可能性は低いとの見方で全会一致で合意したと述べた。

その理由については、金融環境が緩和的であること、労働市場は総じてタイトであること、賃金上昇も明確になっていること、原油価格の低下に伴って実質購買力が上昇していることなどが指摘されたと説明した。加えて、ユーロ圏の銀行のバランスシートは世界金融危機前に比べて頑健になっていると指摘し、銀行が景気を下押しすることは考えにくいとの見方を示唆した。

最後にドラギ総裁は、総合インフレ率が原油と食料品の価格によって大きな影響を受けている点を確認した上で、これらの要因による影響が剥落しても、労働市場のタイト化や賃金上昇を背景に、インフレ率が2%目標に向かって徐々に高まる動きは継続するとの見方が示されたことを説明した。

同時に、インフレ率の緩やかな加速は、金融緩和によって下支えされるとの理解を確認し、そうした政策の効果は保有資産の再投資の下でのイールドカーブのフラット化や金融市場での潤沢な流動性供給によって発揮されているとした。


リスク評価を巡る議論

ドラギ総裁のこのような詳細な説明もあって、記者会見での質疑の大半はこのテーマを巡る議論となった。まず、数名の記者は、足許の経済指標が軟化し、リスクも下方にシフトしたにも関わらず、インフレ率が2%目標へ上昇していくとの見方の妥当性を質した。

これに対しドラギ総裁は、労働市場や実質購買力など、主として家計に関連するファンダメンタルズが堅調に維持されているとの見方を確認した。また、賃金から一般物価への波及が従来に比べて弱いことを認めつつ、企業はマージンの削減を継続することはできず、いずれは最終価格に転嫁するとの理解を示した。

また、別の数名の記者が、リスク評価の下方修正を踏まえて政策運営の変更を議論したかどうかを質問したのに対しドラギ総裁は、今回(1月)の政策理事会は"assessment mode"であったと回答し、政策運営に関する議論には進んでいないとした。

加えてドラギ総裁は、現在のフォワードガイダンスの下では金融緩和の強化が自動で進むことを指摘した。つまり、リスク評価の下方修正を市場が納得すれば、利上げ開始時期に関する予想が後ズレし、イールドカーブのフラット化などを促すというものである。ドラギ総裁は、こうしたメカニズムが働くのは、利上げに関するフォワードガイダンスが時間依存(time dependent)であると同時に状態依存(state contingent)でもあることによると説明した。

さらに別の数名の記者は、リセッションに陥った場合のECBによる政策対応には限界が大きいとの懸念を示した。国債買入れに関しては国によって国債発行量の面で制約がかかるほか、マイナス金利も金融機関の収益を阻害し、金融仲介を損なうリスクがあるとした。TLTROについては、特定国の銀行救済策であるといった批判的な指摘もみられた。

ドラギ総裁は、国債買入れについては、現在でも再投資に伴うストック効果が継続しているとの見方を示したほか、こうした効果はECBによる国債保有の市場残高に対するシェアの大きさに依存するとの考えを示し、ユーロ圏全体で25%という現状は十分緩和的であるとした。

一方、マイナス金利に関しては、ユーロ圏銀行の低収益性の源泉は経費率の高さにあるとして、背景の一つである不良債権について処理の早期化を促した。さらにTLTROについては、今回(1月)の政策理事会でも、数名が再開の可能性に言及したが本格的議論に至らなかったことを説明するとともに、域内の金融市場でfragmentationが生じた場合には、金融政策の波及を強化する上で有効な対策であるとした。

このようにドラギ総裁は、保有資産の再投資や利上げに関するフォワードガイダンスのように既に機能している手段を含めて、多様な手段を発動しうる点を強調した。それ自体は説得力を有しているが、政策理事会自体が認めたように、景気の減速がどの程度継続するかには不透明性がある。予想以上に継続してもECBに対応しうる余力があるかどうかには、なお議論の余地もあろう。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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