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日銀の黒田総裁の記者会見-GDP gap targeting

2019年01月23日

はじめに

日銀の金融政策決定会合(MPM)は、予想通り、金融政策の現状維持を決定した。もちろん、今回改訂された経済見通しと先行きのリスク評価の方に焦点があった訳であり、この点で黒田総裁の説明にはいくつか注目すべき点が含まれていた。


経済見通しの改訂

景気の先行きについては、MPMは前回(10月)の見通しのうち、 2018年度を下方修正した一方、その後2020年度にかけては概ね不変に維持した。具体的には、実質GDP成長率の見通しは、前回(10月)は+1.4%→+0.8%→+0.8%であったのに対し、今回は+0.9%→+0.9%→+1.0%とされた。

本年度の見通しの大幅な下方修正は、昨年夏から秋にかけての多くの自然災害によって経済活動が顕著に減速した効果を織り込んだことによるものである点は言うまでもない。

一方で、2019年度以降を僅かながら上方修正した点は、一見すると違和感があるかもしれない。しかし、これは消費税率の引き上げに対する政府の経済対策の効果を織り込んだことによるものとみられ、IMFが日本の2019年の経済成長率見通しを引き上げたのと同じ議論であろう。実際、黒田総裁も記者会見の中で、こうした政策の効果に対して期待を示した。

この間、物価の先行きについては、MPMは前回(10月)対比で2019年度の見通しを大きく下方修正した。具体的には、コアCPIインフレ率の見通しは、前回(10月)は+0.9%→+1.6%→+1.6%であったのに対し、今回は+0.8%→+1.1%→+1.5%とされた。 ただし、物価見通しについても経済政策の影響に注意する必要がある。つまり、MPMは消費税率引上げ自体の影響については、前回(10月)時点で既に織り込んでいたが、今回、教育無償化の影響についても(おそらく具体的な内容が明らかになったためか)新たに織り込んだからである。

MPMはこうした事情を踏まえ、上記二つの要因による影響を除いたベースでのコアCPIインフレ率の見通しも示している。つまり、前回(10月)は+0.9%→+1.4%→+1.5%であったのに対し、今回は+0.8%→+0.9%→+1.4%とされた。なお、展望レポートの脚注によれば、MPMとしては教育無償化による効果が、2019年度から2020年度に各々0.3ppと0.4ppに達すると推計している。

これらを勘案すると、MPMによる物価見通しの実質的な下方修正は2019年度に限られることがわかる。そして展望レポートの本文が示唆するように、黒田総裁もその理由が主として原油価格の下落にあると説明した。


リスクの評価

景気の先行きに関するリスクについては、MPMはその評価を前回(10月)から大きく変えてはいない。ただし、展望レポートには米中貿易摩擦の影響の波及に関する言及がみられるようになったほか、海外経済について下方リスクが高まりつつある点を挙げて、それが企業や家計のマインドに影響を及ぼす可能性を指摘した。

もっとも、展望レポートのやや慎重化したトーンに照らすと、黒田総裁の記者会見は若干ポジティブな印象を与えたように見える。黒田総裁は、昨年に比べて下方リスクの源泉やそのインパクトに対する見方が変化したことを認めつつも、海外経済の先行きに関するメインシナリオが大きく変わった訳でない点を強調した。

さらに、興味深いことに、欧州や一部の新興国では景気減速が顕在化しているとしつつも、米国や中国では景気の拡大が続いていることを強調した。

なかでも中国については、対米貿易摩擦に関する調整の成果に対して楽観的な見通しを示唆するとともに、中国政府が景気の下支えのために実施している政策の効果に期待を示した。また、日本国内の企業経営者から、対中国輸出の先行きについて警戒感が示されている点を認めつつも、仮に中国への輸出需要が減速しても、現状の高水準の受注残を考えれば、直ちに国内生産に影響を及ぼすものではないとの見方を示した。

こうした議論は、金融市場から見るとやや楽観的に見えるかもしれないが、黒田総裁は、先般の株価の大幅調整についても、世界経済のファンダメンタルズが良好である中で、やや過敏な反応であったとの見方を示唆した。加えて、MPMは前回(10月)の時点で景気のリスクが下向きにある点を既に認めているだけに、黒田総裁としても、その後新たに大きなリスクが加わった訳ではないとの考えを示した面もあろう。

物価の先行きに関するリスクについても、議論はやや込み入っている。先に見たように、MPMは2019年度に主として原油価格の下落を理由にインフレ率が大きく減速すると予想する一方で、 2020年度にはインフレ率が顕著に改善するとみている。つまり、インフレ率の減速は一時的であり、基調的にはインフレ率の緩やかな加速が維持されるとの見方を維持している訳である。実際、展望レポートでも物価の先行きリスクに関する議論の内容は、前回(10月)と同じである。

もちろん、過去のパターンを踏まえると、海外経済の先行きに対する不透明感が一層高まれば、市場のリスクテイク姿勢は後退し、円相場に上昇圧力をもたらす可能性は存在するし、そうなれば国内インフレ率も下方圧力を受けることになる。しかし、年初に進んだ急速な円高も水準の面では定着せず、足許にかけて反落したことは、少なくとも当面の間は、急激な円高とその定着の蓋然性は低いという印象を与えているのかもしれない。


GDPギャップ

今回のMPMが物価見通しを下方修正すること自体は、以前から予想されており、それでも、金融市場で追加緩和への思惑が高まらなかったことは、既に物価見通しと金融政策運営との直接的な関係を断ち切った日銀のコミュニケーションが、市場に浸透した証左とみることもできる。

一方で、黒田総裁は本日の会見で、インフレ率の緩やかな上昇トレンドを支えていく上で、GDPギャップをできるだけ長くプラスに維持することが重要であるとの考え方を再三強調した。こうした主張は、少なくとも平時においては、中央銀行が金融政策を通じて実現しうる最大の成果は、GDPギャップをプラスにすることであるという、伝統的な考え方とそう遠くない印象を受ける。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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