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日銀の黒田総裁の記者会見-Divergent views

2018年12月21日

はじめに

今回(12月)の金融政策決定会合(MPM)は、金融政策の現状維持を決めただけでなく、景気判断に関する声明文の表現も(企業収益が横ばいとなった点以外は)前回(10月)と同じに維持した。しかし、海外景気の減速懸念が台頭する中で、黒田総裁の記者会見では景気判断据え置きの妥当性が焦点となった。


景気と物価の判断

上記のように多くの記者は、現在の景気判断が楽観過ぎる、ないし足許の状況を適切に反映していないといった理由で、今後に下方修正される可能性を質した。

これに対し黒田総裁は、見通しに下方リスクがあること(前回(10月)時点で既に明示されていた)は確認しつつ、堅調な景気拡大の継続が引続き中心的なシナリオである点を確認するとともに、 IMFのような国際機関の見方とも整合的であると説明した。

加えて、日本国内に関して言えば、直近の短観の結果が示唆するように、先行きに対する慎重な見方は、少なくとも現時点では特定の産業に限られるとした。

他の一部の記者は海外経済-特に中国と欧州-に端を発したストレスの可能性を取り上げた。黒田総裁は、中国の経済成長の減速も、長い目で見れば構造的要因による面が大きいとの理解を示した。欧州に関しては、一時的な要因による景気減速である面が強いほか、それでも当面は潜在成長率を上回るペースでの拡大が見込まれていると説明した。

さらに別な記者は、最近の金融市場でのボラティリティの上昇を取り上げ、そこからどのようなインプリケーションを引き出すべきかを質問した。黒田総裁は、直接的な回答は避けたが、実体経済に対する負の波及効果を防ぐためには、金融市場の動向を注視していくことが引続き重要との考え方を確認した。

なお、日本国内に関して言えば、少なくとも米国に比べて緩和的な金融環境が維持されていることに注意する必要があろう。この間に株価が大きく調整した点は、日米両国の金融システムに共通するが、日本の場合は、為替相場が中期的に見ても低位にあるほか、クレジット市場にも顕著なタイト化はみられない。

一方で、物価に関する下方リスクに関しては、日銀も記者もある程度共有していたようだ。

黒田総裁は、GDPギャップがプラス圏で推移する下で、インフレ率の緩やかな加速を中心的シナリオとして堅持している。

もっとも、7月のMPMの際に実施した価格と賃金の形成メカニズムについてのレビュー結果を参照しつつ、長期にわたる低インフレの結果、財やサービスの価格設定が慎重になるなど、構造的な要因による物価の押し下げ効果も強いとの見方も確認した。

こうした構造の下で、景気の減速に伴う総需要の軟化や円高、エネルギー価格の継続的な軟化等によって物価の押し下げ圧力が強まった場合は、日本経済に再び物価下落圧力が本格的に生ずる。

それが二次的効果を生むかどうかは、インフレ期待の安定性如何となるが、黒田総裁は、今や、インフレ期待が下方圧力に対してもある程度は頑健性を有するとの見方を示す一方、労働市場が極めてタイトになっているにも拘らず賃金上昇が鈍い点には、改めて落胆を示した。


金融政策の見通し

上記のような景気の先行きに対する懸念を背景に、金融市場では、具体的な時間の枠組みはともかく、追加的な金融緩和に対する関心が生じつつある。

実際、数名の記者がこの問題を取り上げたのに対し、黒田総裁は現時点では景気や物価の堅調な拡大があくまで中心的なシナリオであるとして、当面の間に追加緩和が必要になる可能性を否定した。その上で黒田総裁は、必要な場合には日銀が追加緩和を行う手段を有していると主張した。

具体的には、イールドカーブ・コントロールを導入した際の声明文に言及しつつ、日銀は、①O/Nの政策金利の調節、②10年国債の目標利回りの調節、③国債買入れ等による資金供給規模の拡大、の三つの手段を活用すると説明した。

皮肉なことに一部の記者は、金融仲介に対する副作用の恐れを考慮すると、O/Nの政策金利の一段の引き下げは難しいのではないかと指摘した。マイナス金利による金融仲介への副作用に関しては、最近までは金融政策の「正常化」の文脈で取り上げられることが普通であったことを考えると、こうした文脈の変化が印象的に感じられる。

黒田総裁は、特に地域金融機関による金融仲介機能の低下懸念については、低金利環境の継続もさることながら、銀行システムの持つ構造的要因の方が重要との見方を示唆した。また、地域金融機関も、今や、自己資本や流動性の面でのバッファーを有しているだけに、金融仲介機能の維持についても一定の頑健性が期待できるとした。

その上で、仮に金融仲介機能に具体的な問題が生じた場合にも、日銀は金融庁と協力して対処するとの考え方を示し、銀行監督面での対応が有効との理解を示唆した。

この間、株価の大幅な調整もあって、少なくとも金融市場では日銀のETFに対する批判がモメンタムを失っているように見える。この点に関する記者の質問に対して、黒田総裁は、7月のMPMで強化したETF買い入れの柔軟化が効果を発揮しているとの理解を示し、最近では毎月の買入れ額が従来より大きく変動していると説明した。


政策判断の節目

12月の一連の政策決定に際して、FRBとFRBは経済見通しの定期レビューを行い、各々小幅ながら下方修正を行ったり、先行きのリスクに対する警戒を強めた。少し違うサイクルで経済見通しの定期レビューを行う日銀にとっては、次回(1月)のMPMは12月のFOMCや政策理事会と同様な意味で節目の会合になる。

また、既存の手段だけを念頭に置いた場合、追加緩和の面で日銀が最も厳しいことも明らかであるだけに、景気の先行きに対する警戒感の高まり如何では、発動しうる政策手段に関する議論(副作用の抑制も含む)もスコープに入りうる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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