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慎重な政策運営姿勢に一段と舵を切る日本銀行

2018年11月07日

5年前と比べて物価情勢は改善していない

日本銀行の黒田総裁が11月5日に名古屋でおこなった講演は、従来よりも慎重な金融政策運営を進める考えを示したもの、と多くのメディアが報じている。最も特徴的であったのは、講演テキストの終盤にある「物価の面でも、デフレに苦しんでいた5年前に比べれば、着実に改善しています。かつてのように、デフレ克服のため、大規模な政策を思い切って実施することが最適な政策運営と判断された経済・物価情勢ではなくなっています」とのくだりだ。

物価環境は5年前と比べて本当に改善したのか。最新2018年9月の消費者物価(除く生鮮食品)は前年同月比+1.0%、生鮮食品とエネルギーを除くと同+0.4%と、2%の物価安定目標に遠く及んでいない。ちょうど5年前の2013年11月の消費者物価の前年同月比は、それぞれ+1.2%、+0.5%だ。5年前と比べて改善していない。物価上昇率が目立って高まったのは、急速な円安を受けた2013年半ばのごく一時期だけだ。

実際には5年前と比べて物価情勢が改善しておらず、また2%の物価安定目標に遠く及ばない状況下で、上記のような発言がなされたということは、2%の物価安定目標の達成をすべてに優先させる「物価目標至上主義」的な政策姿勢は、実際には既に大きく修正されていることを意味していよう。物価上昇率が2%の目標に及ばない状況では異例の緩和をさらに強化すべき、というリフレ派の主張とはかなり異なる政策姿勢である。


物価を上げない好ましい動き

物価上昇率が高まらない理由の一つとして、講演会では以下のような供給側の要因が指摘されている。「企業における生産性向上に向けた取り組みや、それを促進する近年の技術進歩、女性や高齢者の労働参加の高まりなど、モノやサービスを供給する側のビジネス環境の変化です。こうした要因は、景気が拡大してコストが上昇する中にあっても、企業が値上げに踏み切らずに済むことを可能にしています」。その上で、「これらの取り組みは、経済全体の成長力強化に繋がるものであり、わが国にとって好ましい動きです。物価の面でも、将来の成長期待の高まりは、企業や家計の支出行動の積極化に繋がり、長い目でみれば、物価の押し上げに寄与すると考えられます」とプラスに評価している。

こうした記述を見ても、物価上昇率を高めることに最大限注力していたかつての政策姿勢が、かなり修正されてきたことがうかがえる。


金融緩和の継続に副作用

日本銀行の政策運営姿勢が最も大きく変わったのは、金融機関経営、金融システムへの配慮という点だろう。「日本銀行としても、金融緩和の継続が、貸出利鞘の縮小などによる収益力低下を通じて、金融機関の経営体力に累積的な影響を及ぼし、金融システムの安定性や金融仲介機能に影響を与える可能性があることは十分に認識しています」と、金融機関からの批判に素直に応える発言をしている。

ここで注目したいのは、追加的な緩和措置ではなく、金融緩和を継続すること自体がこうしたリスクを高めるという点を、日本銀行が認識している点だ。7月に決定した変更については、副作用を取り除くことを通じて「政策の持続性を強化するための措置」と説明していた。しかし実際には、金融緩和を継続することで累積していく副作用を日本銀行は十分に認識しており、いたずらに緩和を長期化させる意図はないはずだ。


金融機関経営に配慮した政策

さらに黒田総裁は、「金融政策運営の観点からも、こうしたリスクや副作用の先行きの動向については、注視していく必要があると考えています」と発言している。2016年に黒田総裁は、マイナス金利導入を受けた金融機関からの批判に応えて、「金融政策は金融機関の経営を助けるために実施しているのではない」といった主旨の反論をしていたことを振り返れば、まさに隔世の感があるのではないか。

名古屋での講演には、日本銀行が事実上の正常化をさらに進める際の「地均し」のメッセージが込められたとも考えられる。政策金利目標を引き上げる正式な正常化策を実施するのは、来年実施される消費税率引き上げの経済への悪影響が限定的であることが確認された後になると思われる。しかし、長期国債買入れ増加ペースの縮小と、金融機関の収益にも配慮したイールドカーブの緩やかなスティープ化を促すという、2つの事実上の正常化策は、その間も着実に進められるだろう。

景気減速や円高の急速な進行など、経済・金融環境の目立った悪化がなければ、来年前半にかけて日本銀行は、10年国債利回りの変動レンジを解消することも選択肢に入れ、長期利回りの上昇を一段と容認する措置を漸次実施していくとみておきたい。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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