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日銀の黒田総裁の記者会見-Downside risks

2018年11月01日

はじめに

日銀による今回(10月)の金融政策決定会合は、金融政策の現状維持を決めただけでなく、経済と物価の見通しも概ね不変に維持した。しかし、同時に先行きのリスクを下方修正したことが記者の関心を集めたほか、一部の記者は「量的・質的金融緩和」の副作用についても、黒田総裁の評価を質した。


新たな見通し

今回(10月)の金融政策決定会合は、経済と物価の見通しについて四半期毎の定例見直を行った。まず、2018~2020年度の実質GDP成長率見通しは、+1.4%→+0.8%→+0.8%となった。これを前回(7月)に比べると、2018年度がわずか0.1pp下方修正されたのみで、それ以外は不変であった。

公表された展望レポートも景気の先行きに対するポジティブな見方を維持している。つまり、当面は、雇用や企業収益の良好なファンダメンタルズに支えられた個人消費や設備投資の自律的な拡大が牽引車となる一方、その後は世界経済の拡大に伴う輸出の拡大が支えるという見方である。

一方、2018~2020年度のコア消費者物価上昇率見通しは、新たに +0.9% → +1.4% → +1.5% と な っ た 。 前回 ( 7 月 ) は+1.1%→+1.5%→+1.6%であったので、相対的に大きな下方修正という印象を与えるかもしれない。実際、一部の記者はその背景を黒田総裁に正した。

これに対し黒田総裁は、2018年度の下方修正は年度前半のインフレ率の弱さを反映させたに過ぎないほか、その後の各々0.1ppの修正も実質的には変化がないとの理解を示した。

実際、展望レポートに示された見方も殆ど変わっていない。前回(7月)に向けて行われた物価と賃金の形成メカニズムに関する分析結果が踏襲されているほか、今後についても、GDPギャップがプラスに維持される下でインフレ期待が徐々に改善することで、中期的にインフレ目標を達成するとの考え方を維持している。


リスクバランス

冒頭に見たように、今回(10月)の記者会見での焦点の一つは、金融政策決定会合がリスク評価を修正し、経済と物価の双方ともに下方に傾いているとの見方に転じた点であった。黒田総裁は、展望レポートに列挙された様々なリスク要因のうち、金融政策決定会合は主として二つに着目していると述べた。

言うまでもなくその一つは、米中間での貿易摩擦による影響がグローバルに波及することである。もちろん黒田総裁も、米国については足許で経済が速いペースで拡大しているほか、中国についても投資などに直接的な影響が出始めているが、景気減速に対する政策手段は豊富であるとして、貿易摩擦が直ちに深刻な影響を与えるわけではないとの理解を確認した。

もっとも黒田総裁も、仮に貿易摩擦がエスカレートした場合には、両国経済に対して無視し得ない影響をもたらすとの懸念を示した。そして、こうしたリスクシナリオが顕現化した場合には、グローバルに構築されたサプライチェーンを通じて、日本を含む世界に対して打撃になる可能性があるとの見方を示した。

また、黒田総裁は、こうしたリスクに対する意識は日本銀行だけのものではなく、今月にインドネシアで開催されたIMF/世銀総会の場でも多くの指摘がなされるなど、国際的に共有されていることを示唆した。

二つ目のリスクは米国の金融政策による影響である。まず黒田総裁は、これまでのところ不安定化した新興国は、ファンダメンタルズに脆弱性を持つ先に限られる点を確認した。その上で、FRBが利上げを続けてゆけば、新興国に対してより広範な影響を与えるリスクがあるとし、そうした圧力は主として為替レートやクロスボーダーの資本の流れの面で顕在化するとの見方を示した。

黒田総裁は、これら以外にも、欧州に関して、Brexitに関する不透明性やイタリアの予算案を巡る対立、域内主要国での政治情勢の不安定化といった要素に言及した。それでも、今回(10月)の金融政策決定会合では上記二つに注目が集まったことを確認した。

これに対し一部の記者は、リスクシナリオが顕在化した場合の日銀による政策対応の内容を質問した。これに対して黒田総裁は、一昨年の「総括的検証」の際に公表した方針を踏襲する形で、イールドカーブ・コントロールにおける長短の政策金利の調整、資産買入れの強化、ハイパワード・マネーの増加ペースの引き上げといった手段が想定されると述べた。


副作用とその対策

今回は、「量的・質的金融緩和」の副作用を取り上げる記者も目立った。焦点の一つは国債市場の機能であり、7月の金融政策決定会合による措置(10年国債利回りの変動容認幅の拡大、残存年限別の買入れ額の柔軟化)の効果は限定的との疑念を示した。

これに対し黒田総裁は、日銀が市場参加者を対象に実施したサーベイの結果に言及しつつ、国債市場の機能は悪化しているとは言えず、横ばいないし若干改善したとの見方を示した。中でも金利変動の柔軟化や市場流動性の維持の面では、上記の措置の効果がみられると反論した。

もう一つの焦点は地域金融機関の経営である。黒田総裁も、地域金融機関の貸出業務による純益は一段と減少し、収益面で貸倒引当金の取り崩しや保有証券に係るキャピタルゲインの実現(益出し)に依存する面が大きいことを認めた。加えて、そうした手法が(取引先の破綻の減少や株価の上昇など)永続的でない条件に依存しているとし、地域金融機関のサステナビリティに疑問を呈した。

さらに地域金融機関が取引先のリスクに応じた貸出金利の設定ができていない点も指摘し、背景として金融機関の競争の激化を挙げた。最後に黒田総裁は、地域金融機関の収益が一段と低下すると、金融仲介機能への影響が懸念されると指摘した。

記者からはこの問題に関する日銀の役割について質問があった。黒田総裁は、地域金融機関にコストの一層の削減やリスク管理の強化、経済環境に即したビジネスモデルの見直しを促すことが日銀の主な役割との考えを示し、金融システムレポート(FSR)の公表や考査の実施を通じ、地域金融機関と対話を進めると説明した。

しかし、日銀も金融システム安定の責務を共有しているほか、この問題に対する関心の高まりも、日銀が先に刊行したFSRに示された議論による面も強い。日銀の役割に関しては、今後も様々な立場から意見が交わされることになろう。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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