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メルケル首相の党首退任表明と欧州ポピュリズム

2018年10月31日

難民問題でメルケル首相の政権運営は困難に

ドイツのメルケル首相は、自身が党首を務めるキリスト教民主同盟(CDU)が今年12月に行う党首選には出馬せず、18年間続けた党首の座を退く意向を10月29日に明らかにした。他方、首相職は2021年の任期満了まで続け、その後は政界を引退する考えだ。ただし、党首を退くことでメルケル首相の指導力は低下し、レームダック化が進む可能性が考えられる。その場合、首相の任期を全うできずに、前倒しで総選挙が実施される可能性もあるだろう。

メルケル首相がこうした意向を表明するまさに前日に、CDUは金融都市フランクフルトがある西部ヘッセン州で行われた州議会選で、得票率を大きく減らしていた。また10月14日にも、ミュンヘンがある南部バイエルン州議会選で、CDUの姉妹政党であるキリスト教社会同盟(CSU)が大敗していた。メルケル首相の党首退任は、選挙での敗北の責任をとったものとの見方もある。

他方でメルケル首相は、党首の退任は、今年7月下旬の段階で既に検討していたと説明している。その時期は、難民問題を巡ってCSUのゼーホーファー内相と繰り返し対立をしており、内相は移民を国境で追い払うとした主張を譲らず、政権は崩壊の瀬戸際まで追い込まれた時期と重なる。政権内でメルケル首相の指導力が低下し、政権運営がより難しくなってきたことや、自らが党首を退くことで党の結束を強めるとの狙いが、党首退任の背景にありそうだ。

2005年以降首相職にあるメルケル首相にとって、過去数年間、強い逆風となってきたのが難民問題だ。メルケル首相は、難民の大量流入を招いたという批判を浴び、極右政党の攻撃対象となってきた。極右の「ドイツのための選択肢(AfD)」は、反メルケル路線を前面に掲げて2017年9月の連邦議会で初めて議席を獲得し、第3党に躍進した。また2018年10月のバイエルン州、ヘッセン州の州議会選挙での躍進を受けて、全16州で議席を獲得している。


欧州でポピュリズムが強まる懸念

欧州の難民問題は、2015年に本格化した。中東や北アフリカから欧州へと大量の難民が流入したことがきかっけだ。メルケル首相は、難民受け入れに寛容な姿勢を示し、また寛容な政策をEUレベルでも主導してきた。そうした姿勢は当初は称賛されたものの、欧州への難民流入数が2015年に急増し、欧州各地で政治的・社会的混乱が起きるようになると、メルケル首相の寛容な難民受け入れ政策に対して、ドイツ内外で批判が強まるようになっていった。2016年12月にベルリンで起きたクリスマスマーケットでのテロ事件など、難民を装った過激派の犯罪が頻発するようになると、反難民の感情がドイツあるいはEU域内で強まっていった。

2015年にドイツへの大量の難民流入が始まってから3年間で、ドイツへの難民申請者は140万人以上に達し、また年間200億ユーロ以上と推計される膨大な対策費用が国民の負担となっている。

EUへの難民流入の数は、EUの移民・難民の規制強化もあり、2015~2016年を境に減少に転じている。2017年のEU域内での難民申請者数は、2015年の半分程度の約70万人となった。しかし、問題は難民の中身、構成だ。EUの統計によると、難民申請の半分以上を占めるのは18歳から34歳で、彼らは経済難民である比率が高いとされている。戦争からの避難民や本国政府から迫害を受けた政治亡命者などとは異なり、生活改善を目指した経済難民に対しては、各国共に不法移民、違法難民との批判を強め、厳しい態度で臨んでいる。

メルケル首相が難民に国境を開放した、いわゆる「オープンドア政策」を掲げた直後の2015年9月のドイツの世論調査では、回答者の約6割が大勢の難民受け入れに対応できると答えていたという。しかし、それから3年程度経過した後の2018年7月の調査では、メルケル首相の難民政策に賛成との回答は33%とほぼ半減し、57%がメルケル首相の難民政策に反対している。この3年間で、国民の評価は大きく変わったのである。

メルケル首相の存在感が低下していけば、EU内では、難民受け入れに対してより厳しい対応がとられていく可能性が出てくるだろう。懸念されるのは、それをきっかけに、反EU、反国際協調、反グローバリズムの勢力が欧州で一層力を増すことだ。

実際、大量の難民流入の影響を受けた国では、それをきっかけに内向き傾向が強まり、ポピュリスト政党が躍進する傾向がある。フランスでは2017年5月、極右政党「国民戦線」のルペン党首が大統領選の決選投票まで進んだ。既に見たようにドイツでは、2017年9月の総選挙で、極右政党の「ドイツのための選択肢(AfD)」が第3党となる躍進を見せた。2018年3月のイタリア総選挙では、ともにポピュリスト政党の「五つ星運動」と「同盟」が連立政権を樹立することになった。寛容と福祉国家の国として知られる北欧のスウェーデンでも反移民・難民を叫ぶ極右政党「スウェーデン民主党」が台頭している。同党は、2017年までにスウェーデンで第3党となり、2018年9月の総選挙ではさらに議席を増やす躍進ぶりを見せた。

欧州では、英国がEUから離脱するという形で、反EU、反グローバリズムが既に具現化されている。一方、米国では米国第一主義を標榜するトランプ政権が国際協調路線に逆行する政策を打ち出し、貿易面では保護主義的な政策を強めている。反EU、反国際協調、反グローバリズムへのいわば防波堤の役割を果たしてきたメルケル首相の存在感が低下すれば、欧州大陸でも、ポピュリズムの気運が一気に強まることが懸念される。それは、難民に対するより厳しい排斥的な動きにとどまらず、人気取りの財政拡張策の実施や、ユーロ圏やEUからの離脱議論の浮上などを通じて、欧州の金融市場をより不安定化させるのではないだろうか。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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