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中国の内需刺激に秘策はあるか?

2018年10月29日

中国政府は所得減税策を実施

米中貿易戦争の激化を受けて、2018年に入って中国は成長鈍化、株価下落、人民元下落といういわばトリプル安に見舞われ始めた。その対応として、政府は内需刺激策を順次打ち出している。

しかし、かつては中国でしばしば景気刺激策の柱となったインフラ投資の拡大については、比較的抑制的な水準にとどめられている。それは、過去のインフラ投資拡策が生み出した弊害を踏まえたものだ。10年前のリーマン・ショック後に中国政府が実施した、インフラ投資中心の4兆元(当時の為替レートで約56兆円)の景気対策やその他のインフラ投資拡大策は、後に企業、地方政府の過剰債務問題をもたらし、金融システムの安定を損ねる事態に発展してしまった。また、過剰投資は鉄鋼、セメントなどの過剰生産を生み出し、米中貿易戦争の遠因の一つともなった。さらに、道路や居住用建築物でも過大で無駄な投資プロジェクトが次々と発覚していったのである。

そこで今回の景気対策では、預金準備率引き下げなどの金融緩和策と並んで、減税措置がその中核を担っている。中国政府は2018年10月から、中間層の消費底上げを狙って個人所得減税策を実施した。減税規模は年間3,200億元(約5兆1千億円)だ。個人所得税の課税最低限を現在の3,500元から5千元に引き上げるのが柱となる。子供の教育費や住宅ローンの利息などを課税所得から差し引ける仕組みも併せて導入される。2018年10月から実施されたが、法改正を踏まえた全面実施は2019年年初からだ。

しかし、この所得減税措置の景気刺激効果については、慎重な見方も多い。そもそも、インフラ投資と比べると、所得減税策は短期的な景気刺激効果は小さくなるのが通例だ。減税の相当部分が貯蓄の増加に回されるためだ。野村證券は、今回の措置による個人消費の押し上げ効果は0.2%程度、GDPの押し上げ効果は0.1%弱にとどまると試算している。


構造改革を通じた消費刺激策が必要に

こうした点を踏まえて、中国政府が追加的な所得税減税を実施するとの見方も多くなされている。中国人民銀行・金融政策委員会の委員で、清華大学金融発展研究センター主任の馬駿氏は、2019年の減税及び手数料の引き下げ規模がGDPの1%を超える可能性があると指摘している。GDPの1%規模は8,000億人民元強であることから、2018年の所得減税を相当上回る規模となる。

米中貿易戦争は、長期化する可能性が高まっている。それは、この問題が単なる貿易不均衡の問題ではなく、2大大国の経済、先端産業、軍事を巡る覇権争いがその背景にあり、さらに政治・経済体制間の争いにも発展しているためだ。両国ともに簡単には譲歩できない事態にまで発展している。

マイク・ペンス副大統領が2018年10月4日に米国の保守系シンクタンクのハドソン研究所で行った演説は、激しい中国批判に終始し、米中が経済、政治、軍事で全面的な対立の構図に陥った可能性、いわば「米中新冷戦」の始まりを意識させるものとなった。

このように米中貿易戦争が長期化すれば、中国の輸出環境は長期間厳しい状況に置かれる可能性がある。そのもとでも相応の成長率を維持するには、より内需主導型への経済構造を転換していく必要があるだろう。しかし、インフラ投資、あるいは一般に公的・民間投資の拡大は、すでに見たような深刻な問題を再び生じさせるおそれがある。そこで、内需のけん引役としては個人消費が期待される。すでに見た所得減税策も、こうした考えに基づいて実施された側面もあるのではないか。

しかし、税制改革だけで持続的な個人消費主導の経済に転換していくことは、難しいだろう。個人消費の増加率を高めるには、個人貯蓄率の継続的な引き下げが必要になるように思うが、それを阻んでいるのが、社会保障制度の未整備に基づく将来不安だろう。そうであれば、大幅な社会保障制度が、消費刺激の観点からも求められる。さらに、労働者の地域間移動の活性化を通じた所得引き上げを促すには、戸籍制度の見直しも必要になってくるのかもしれない。

こうした点から、長期化が見込まれる米中貿易戦争は、社会制度も含めた中国の構造改革を必然的に促すようになる可能性を秘めていよう。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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