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ECBのドラギ総裁の記者会見-Outright Market Transaction

2018年10月26日

はじめに

ECBによる今回(10月)の政策理事会は、金融政策の現状維持を決めただけでなく、来年初以降における保有資産の再投資方針に関しても決定を先送りした。しかし、ECBの当面の政策運営には大きく二つの問題が浮上しつつあるだけに、ドラギ総裁の定例会見では多くの質問が提示された。


景気判断に関する議論

第一の問題はユーロ圏の景気判断の妥当性である。実際、数名の記者は足許の経済指標が区々となっている点を指摘するとともに、貿易摩擦の不透明性などを考えると、先行きについても下方リスクが大きいのではないかと主張した。

この点に関してドラギ総裁は、冒頭説明を敷衍する形で、保護主義の台頭や金融市場のボラティリティ上昇などの点で不確実性が大きい(prominent)ことを認めつつ、消費を支える雇用や賃金の堅調さや、設備投資を支える高い稼働率と緩和的な金融環境といったファンダメンタルズは良好に維持されている点を強調した。

また、足許の経済指標に散見される弱さについても、今回の政策理事会において、①ドイツの自動車産業のように特殊要因の影響を受けているものが存在する、②輸出は昨年の実績が高すぎたので減速は自然である、③ユーロ圏全体としても潜在成長率への収斂は当然である、といった議論があったことを紹介した。

その上でドラギ総裁は、主要国を中心に財政も幾分拡張的であることも踏まえ、政策理事会として、先行きのリスクが上下双方にバランスしているとの判断を維持したことを説明した。

もっとも、ドラギ総裁も、現時点で入手可能な経済指標だけでは前回(9月)にendorseした経済見通しを変えるには不十分とも付言し、いずれにしても次回(12月)の経済見通しの見直しに向けて議論することを確認した。

以前の本コラムで取り上げたように、前回(9月)の政策理事会の議事要旨(account)によれば、既にその時点で景気の先行きに対する慎重な見方が少なからず示されていたことを考えると、経済見通しの次回の見直しはある種の節目となることも考えられる。

なお物価に関しては、ある記者が、基調的インフレ率に上昇のモメンタムがみられない中で、ECBがインフレ目標の達成に自信を深めていることは整合的でないと批判した。これに対しDraghi総裁は、賃金上昇率や雇用の伸びが着実に高まっていることに加え、資産買入れの終了後も緩和的な金融環境が維持される点を強調し、ECBによるインフレ見通しの合理性を主張した。


イタリア情勢に関する議論

第二の問題は、言うまでもなくイタリアの来年度予算案による影響であり、実際、今回の会見では質問の機会を得た殆どの記者が、様々な角度から取り上げた。

多くの記者が、イタリア政府と欧州委員会が合意に達することは可能かと質問したのに対し、ドラギ総裁はECBがこの問題に関する直接の当事者でないことを確認した上で、欧州委員会のドムブロフスキス副委員長によるコメントに沿って、イタリアは財政規律を遵守すべきであるが、両者の合意は可能との見方を示した。

また、数名の記者は、もともと脆弱性を有しているイタリアの銀行システムが、資金調達コストの上昇に見舞われた結果、金融仲介機能だけでなく、金融緩和の波及効果も低下するとの懸念を示した。これに対しドラギ総裁も、最新のBank Lending Surveyの結果によれば、イタリアの銀行に貸出姿勢を厳格化する兆しがみられるほか、イタリア国債を多く保有しているだけに、国債価格の下落によって自己資本の毀損が生ずることも認めた。

こうした懸念を踏まえ、数名の記者がECBの対応を質したが、ポイントはさらに分かれた。一部の記者は保有資産の再投資に関連付けて質問し、①今回(10月)の政策理事会で再投資方針を議論したか、②再投資の国別シェアを(資産買入れと同じく)ECBに対する加盟国の出資比率(capital key)とする場合、問題は生じないか、という点を各々取り上げた。

このうち②は、来年初が5年毎の定例見直しに当たる一方、各国の出資比率は域内でのGDP規模と人口によって決まるため、(相対的に低成長であった)イタリアの比率が低下するとの見方を背景にしている。この点に関しては、経済成長率が相対的に高い国の出資比率が高くなる結果、再投資のシェアも相対的に大きくなるという矛盾も指摘された。

ドラギ総裁は、今回(10月)の政策理事会でも再投資の運営方針について議論しなかったと説明したほか、capital keyについても定例見直しを行うことだけを確認した。なお、上記の矛盾に関しては、pro-cyclicality性もある点を認めた上で、相対的に経済成長率が低い国は構造改革のような抜本的対応が重要と反論した。

さらに、別の記者はECBの対応をより直接的に質し、③イタリア国債が格下げによって投資適格の地位を喪失したら、買い入れは中止するのか、④資産買入れで特定国に焦点を当てることができなくても、OMTを活用する余地はないのか、といった問題を提起した。

ドラギ総裁は、③の事態が生ずると予想している訳ではないが、そうなればルールに従うとの考えを示した一方、④については、OMTは金融政策ではなく、しかも当該国の政府が経済プログラムに関してESMと同意することが発動の条件であることを説明し、少なくとも、現在のような欧州委員会との対立状態では発動のハードルが極めて高いことを示唆した。


ECBの今後の政策運営

ユーロ圏経済については、減速感はみられるが経済指標はなお良好であり、資産買入れを年末で停止しても金融政策は緩和的であることに変わりはない。しかし、金融市場が不安定化する中で、有効な追加緩和策に関する質問が示されるほど、雰囲気が以前より慎重化した印象を受けた。

イタリアについても、欧州議会選挙への影響を考えると、欧州委員会も強硬論だけで押し切るのが難しい状況にある一方、財政への信認が喪失すれば、銀行システムを通じて実体経済への本格的な波及に繋がるリスクもある。この点に関しては、銀行同盟の強化の遅延が本質的な問題であるが、有効な対策を柔軟に行使しうるという意味でECBに対する期待が高まるのも避けがたい。

今回のドラギ総裁の発言は市場にタカ派的な印象を与えたようだが、ECBによる金融政策の「正常化」のスケジュールには、むしろ以前に比べて不透明性が高まったように感じられる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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