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米国SECによるイーロン・マスク氏訴追と和解

2018年10月01日

SECによるマスク氏に対する提訴

2018年9月27日、米国の証券取引委員会(SEC)は、シリコンバレーを本拠とする電気自動車メーカーとして広く知られるテスラ社のイーロン・マスク会長兼CEOに対して、連邦証券法違反を理由とする訴訟を提起した。

著名新興企業のカリスマ経営者に対する訴訟提起は市場の関心を集めた。とりわけSECが、民事制裁金の支払いや証券法違反行為の将来にわたる差し止めに加えて、マスク氏の公開企業の役員すなわち取締役または執行役員(officer)就任の禁止をも請求したことは、幅広い投資家に大きな衝撃を与えた。SECの主張が認められれば、マスク氏はテスラ社のCEO辞任に追い込まれ、経営から身を引くことを余儀なくされるからである。28日金曜日の市場では、テスラ社の株価が前日比14%も急落した。

SECの訴状によれば、マスク氏は2018年8月7日、テスラ社株式の上場を廃止する非公開化の可能性をめぐって、以下のような内容のツイートを行った。

  • 「私はテスラを(1株)420ドルで非公開化することを検討しており、資金は確保された。」
  • 「私の希望は、テスラが非公開企業になっても現在の株主すべてが残ることだ。テスラと共に残りたい人がそうできるようにするための特別目的ファンドを創設する。」
  • 「株主は420ドルで売却するか株式を保有したまま非公開化するかを選ぶことができる。」
  • 「(大口の)投資家の支持は確認されている。(非公開化が)確実にはなっていない唯一の理由は、株主の投票が必要なためだ。」

一連のツイートは、8月7日12時48分(米国東部時間)から3時間ほどの間に投稿された。この時間帯は株式市場の公式取引時間中であり、テスラ社の株価は前日比10.98%も上昇した。


白紙に戻った非公開化計画

その後8月13日になってマスク氏は、テスラ社の公式ブログへの投稿記事を通じて、非公開化の計画について投資ファンドなど主要な投資家と依然協議中であることを初めて明らかにした。この情報は、先に同氏がツイートした「投資家の支持は確認されている」という内容と矛盾している。

更に同氏は、8月24日、それまでに自身が受けたフィードバックからテスラ社の既存株主の多くが上場維持を願っていること、一部の機関投資家から社内の投資ルール等に照らして非上場株式への投資は難しいとの反応があったこと、非上場会社になると個人投資家の多くが株式保有を継続できなくなることなどを理由に、非公開化計画の実施を断念したことをブログへの投稿記事を通じて明らかにしたのである。

こうしてテスラ社の非公開化計画は、マスク氏のツイートから17日で白紙に戻ることとなったが、SECは、同氏が十分な根拠に基づかない重要な情報をツイートしたとして訴訟を提起したのである。


虚偽情報と判断した理由

SECによれば、マスク氏は、2017年から接触のあった、あるソブリン・ウェルス・ファンドの代表者と2018年7月28日から31日にかけて2回のミーティングを持ち、同ファンドが既にテスラ社株式の約5%を市場で取得していることや同社の非公開化に関心があることなどを知ったという。しかし、それらのミーティングでは、ファンド側が「合理的な」条件であれば非公開化に賛同するという意向を表明したのにとどまり、非公開化のための株式公開買付を実施する場合の株価などに関する具体的なやり取りはなかったものとされる。

マスク氏は、8月2日にテスラ社の取締役、CFO、法務責任者(General Counsel)に対して送付した電子メールにおいて、テスラ社を1株420ドルで非公開化するという提案があったと述べ、その計画を支持する理由として市場における投機的な空売りにさらされてブランド価値が損なわれていることを指摘し、提案は30日で失効するのでできるだけ早期に株主の投票にかけたいと伝達した。

ちなみにマスク氏は、このメールで言及した株価はメールを送った当日の終値に非公開化における標準的なプレミアムの水準である20%を乗じた419ドルという計算結果に基づくもので、それを420ドルとしたのは、この数字が大麻の吸引と深く関わっていることを最近知り(注1)、きっとガールフレンドが面白がるだろうと思ったからだとSECに対して説明したという。

SECによれば、マスク氏は、7月31日のミーティング以降、非公開化の計画に関心を示したファンドとは一切接触しておらず、8月6日には、非公開化を実施した経験を有するプライベート・エクイティ・ファンドのパートナーと電話で話したが、その際、同パートナーは、非公開化を実施するには株主数を300名以内に抑える必要があり、800名の機関投資家と多数の個人投資家を株主とするテスラ社が考えているスキームは前例のないものだと指摘したという。

こうした事実認定に基づき、SECは、マスク氏が8月7日のツイートで触れた1株420ドルという非公開化の実施価格や主要な投資家が賛成している、資金の手当てがついている、希望するすべての既存株主が非公開化後も株主として残ることができる、といった事実は合理的な根拠を有する事実であったとは言えず、虚偽または投資家に誤解を生じさせるものだったと判断したのである。


SECとの和解成立

当初、マスク氏は「提訴は不当だ」と反発していたが、事態は急展開し、9月29日土曜日にSECが総額4,000万ドルの民事制裁金の支払いやマスク氏のテスラ社会長からの退任などを条件とする和解が成立したことを明らかにした。恐らく正式裁判が始まれば株式市場とテスラ社の経営に及ぼす影響は深刻だと判断し、マスク氏側が早期の解決に向けて動いたのであろう。

公表された和解の条件は次の通りである。

  • マスク氏はテスラ社の会長から退任し、独立性の高い人物が後任となる。マスク氏は3年間は同社会長に復帰することができない。
  • テスラ社は2名の独立社外取締役を新たに選任する。
  • テスラ社は独立社外取締役で構成される新たな委員会を設け、マスク氏の行う情報発信に対して統制を及ぼす。
  • マスク氏とテスラ社は、それぞれ2,000万ドルの民事制裁金を支払う。これによる総額4,000万ドルの資金は、裁判所の定める方法によってマスク氏の行為によって損害を被った投資家に配分される。

結局マスク氏は、テスラ社のCEOの地位に留まることを認められたわけで、SECが、独立社外取締役の増員やマスク氏の情報発信をコントロールする機関の設置といったテスラ社のコーポレートガバナンス改革と引き換えにマスク氏が経営を主導し続けることを容認したということになる。


日本法ではどうなるか

日本の上場企業経営者が、今回問題視されたマスク氏のツイッター発言と同じようなことを行えば、金融商品取引法(金商法)の禁じる風説の流布に該当する可能性があるとして問題視される可能性が高い。また、日本法では、ツイッターなどのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を通じて投資判断に重要な影響を及ぼすような情報を開示すれば、当該SNS利用者だけに選択的な情報開示を行ったとして、金商法上のフェア・ディスクロージャー・ルール違反にあたるとされる可能性も高いだろう。

この点について米国では、一定の要件を満たせば、ツイッターなどのSNSを利用した重要情報の開示が容認されている。テスラ社は、2013年11月5日にSECに提出した臨時報告書において、マスク氏のツイッター・アカウントを重要情報の公表手段として用いることを明らかにしていたため、経営者個人のツイッターで重要情報をつぶやいたという行為自体は証券法に触れるものではないのである。


(注1)420(four twenty)は大麻を意味する隠語として使われているとされ、4月20日、午後4時20分などに大麻を吸うといった風習があるといわれる。

Writer’s Profile

大崎貞和

大崎貞和Sadakazu Osaki

未来創発センター
フェロー
専門:証券市場論

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