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日銀の黒田総裁の記者会見-Elaboration

2018年09月20日

はじめに

日銀は今回(9月)の金融政策決定会合(MPM)で、金融政策の現状維持を決定した。また、景気や物価の現状評価に関する声明文の記述も、前回(7月)の展望レポートの内容を維持した。もっとも、今回の会見では相応に活発な質疑がみられた。その理由に焦点を当てつつ、いつものように内容を検討したい。


「正常化」に関するコメント

今回(9月)の会見では、安倍首相が自民党総裁選の討論会(9/14日)で、現在の金融緩和について「ずっとやっていいとは全く思っていない。任期のうちにやり遂げたい」と発言したとされることについて、多くの記者が黒田総裁の考えを質した。市場の一部には、安倍首相が今後3年の間に金融政策を「正常化」してほしいとの意向を示したとの理解もみられる。

これに対し黒田総裁は、直接的な回答を避けた一方、2013年の共同宣言に明記されている政府と日銀との合意、つまりデフレ脱却に向けて各々が最大限の努力を行うという合意は現在も維持されていることを強調した。その上で、金融政策を含む経済政策の効果によって、物価目標を達成することで「量的・質的金融緩和政策」の解除に向かうとの考え方を確認した。

今回の安倍首相のコメントを過度に深読みすることは適切でないかもしれないし、広い意味で「アベノミクス」の成果が結実するに伴って、金融緩和を解除する条件が整うことをシンプルに述べたのかもしれない。ただし、現在の金融緩和が開始された経緯を考えると、市場が安倍首相のコメントに大きな関心を向けることももっともである。

特に、安倍政権が物価目標達成の重要性をどう考えるかは、低成長ないし低インフレに対する勝利を何らかの形で主張しようとした場合には尚更に、金融政策にとって重要な意味を持つ可能性も考えられる。


フォワード・ガイダンス

次に記者の関心を集めたのは、前回(7月)のMPMで新たに導入されたフォワード・ガイダンスである。特にその趣旨や位置づけに関しては、依然として市場の見方が分かれているようだ。

黒田総裁も、記者への回答の中で、導入の趣旨に関する質問を受けることがあった点を明かし、コミュニケーション上の難しさを示唆した。その上で、イールドカーブ・コントロール(YCC)の下では金利の誘導目標の調整が主たる政策手段であることを確認し、これに係るフォワード・ガイダンスの導入によって、物価目標の達成に対するコミットメントを強化することが趣旨であると説明した。

YCCの枠組みの下でフォワード・ガイダンスを導入することは、 YCCに本来備わっている金利の誘導目標に関する柔軟性を自ら減殺することで、政策効果を発揮することになる。

同時に今回の対応は、市場の期待が政策運営に対していわば「binding」であるケースでこそ効果を発揮するという、フォワード・ガイダンスの特性を象徴している面もある。実際、黒田総裁は、市場で拡大していた日銀による金融政策の早期の「正常化」への思惑を抑制することが、今回のフォワード・ガイダンスの導入の背景にあったことを指摘した。

興味深いことに、こうした考え方自体は、FRBやECBが金融政策の「正常化」を円滑に進めるため、市場が先走るのを抑制する目的でフォワード・ガイダンスを活用したことと基本的に変わらない。

今回(9月)の記者会見におけるフォワード・ガイダンスに関するもう一つの焦点は、既存の「オーバーシュート・コミットメント」との相違であったが、十分な議論には発展しなかった印象もある。

この点を技術的にみれば、前者は「量的・質的金融緩和」の量的側面に関わるコミットメントであるのに対し、後者は金利の誘導目標に関するものである。また、黒田総裁が再確認したように、 YCCの下ではマネタリーベースの増加額は「内生変数」になるとしても、金利の誘導目標を柔軟に調節しながら「オーバーシュート・コミットメント」を維持することは可能である。

また、「オーバーシュート・コミットメント」の停止条件は相対的にハードルが高い一方、フォワード・ガイダンスには柔軟性の余地も残されていることを考えると、実際問題としては前者の方が長い時間的視野を含意していることが考えられる。


金融緩和の副作用

興味深いことに、市場では、上に見たフォワード・ガイダンスを除いては、7月のMPMで決定された措置の趣旨が共有されているようだ。実際、今回(9月)の会見でも、複数の記者が現在の金融緩和に伴う副作用について、黒田総裁の評価を質した。

これに対して黒田総裁は、少なくとも現時点では金融仲介機能や金融市場の機能に重大な副作用は見られないという見方を確認した。その根拠として、前者に関しては銀行貸出が緩やかながらプラス成長を続けていること、後者については日銀による国債市場サーベイの最新(8月)の結果が市場機能の安定化を示唆していること、を各々説明した。

もっとも、黒田総裁も、物価目標の達成に時間を要するだけに、金融緩和も長期化する可能性が高いことを念頭に、金融緩和の副作用がこれらの面も含めて今後も生じないかどうかを注視していく必要があることにも同意した。

副作用対策としての資産買入れの柔軟化に関しては、国債よりもETFの買入れに関する不透明性が相対的に高い。なぜなら、(指値オペを除けば)国債の買入れは事前に公表した予定に沿って進められるのに対し、ETFの買入れはもともと常時contingentだからである。この点に関して黒田総裁は、8月の買入れが少なかったのは市場流動性の季節的な低下に対応しただけであり、今月には増加しているだけに、短期的な動きを深読みしないようクギを刺した。


政策決定の補足説明

結局のところ、今回(9月)の会見は、前回(7月)のMPMで決定した内容をより丁寧に説明する時間に費やされた面が強かった。それだけ前回(7月)の政策決定の内容が複雑であったとも言える。黒田総裁が指摘した「正常化」への思惑は特に海外には残存しているようにも見えるだけに、次回(10月)は展望レポートでの新たな景気や物価の見通しの下で、フォワード・ガイダンスの意味合いに関する適切な理解がより広く共有されると期待したい。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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