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崩れる2%の物価目標と異次元緩和出口への道筋

2018年09月19日

政府が開く異次元緩和出口への道筋

9月14日の自民党総裁選の討論会で、安倍首相は金融政策について驚くほど踏み込んだ発言をした。大規模な金融緩和策について、「ずっとやっていいとは全く思っていない。任期のうちにやり遂げたい」と、総裁選で3選を果たせば、残り3年の任期中に「出口戦略」への道筋をつけたいとの考えを示したのだ。この発言は、2%の物価目標達成いかんに関わらず、日本銀行が正式な正常化策の実施に踏み切ることについて、日本銀行にフリーハンドを与える主旨の発言と理解できる。

従来であれば、2%の物価目標をできるだけ早期に達成し、しかる後に正常化策を始める、との考えを首相は示していたはずだ。ところが今回は、物価目標の達成を前提とせずに出口戦略を語っているのが異例な点だ。これは、首相あるいは政府が、2%の物価目標達成は難しいこと、それにこだわって正常化が遅れれば、副作用が累積していくことを懸念していることの表れではないか。また、将来、金融緩和の副作用が表面化した際に、日本銀行と共に長期政権を担った安倍内閣が批判の対象となるリスクにも配慮し、少なくとも任期中に「出口戦略」への道筋をつけた、との証拠を残しておきたいとの意向もあるのかもしれない。

ちなみに、19日の金融政策決定会合後の記者会見で、黒田総裁は安倍首相の発言に対して直接的な言及を避けた。


崩れていく2%の物価安定目標

政府がもはや、2%の物価安定目標達成を重視していないことは明らかだ。それは、今回の討論会での安倍首相の発言にも表れている。首相は、物価上昇率「2%」の物価安定目標は、デフレ脱却に向けた「一つの指標として目指す」としつつ、「目的は実体経済、つまり雇用を良くしていくことだ」と話したという。この発言は、物価安定目標は中間目標であり、最終目標は経済・雇用の安定だ、という、極めてまっとうな意見を示したものだ。日本銀行法では、日本銀行の使命を「物価の安定を通じて国民経済の健全な発展に資すること」としている。この文言は、物価安定目標が中間目標であることを示している、と解釈するのが正しいと思われる。

他方、過去5年以上にわたる日本銀行の政策は、物価目標の達成自体を最終目標にする、「物価目標至上主義」に陥っていた。こうしたまっとうな意見を、政府にはもっと早いタイミングで示して欲しかった。

他方、19日の金融政策決定会合後の記者会見で、黒田総裁は2%達成に向けた姿勢に変わりがないことを再度強調したが、実際には日本銀行も2%の物価安定目標の達成が難しいことはもはや十分に理解しており、目標の位置づけを緩め、あるいはぼやかす戦略を既にとり始めている、と考えられる。前回7月の決定会合で非常に驚かされたのは、2020年度の消費者物価(除く生鮮食品)の見通し(政策委員の中央値)を、前回+1.8%から+1.6%へと下方修正したことだ。2年先の物価見通しを大きく下げるということは、今まではなかった。2年先の物価見通しは、実際には見通しというよりも、目標あるいは均衡値のイメージに近いものだ。2%の物価目標を掲げている以上、足もとはともかく、展望レポートで示す予測期間の最後には、2%程度の水準に達するという数字を示す必要がある、と日本銀行内では考えられてきた。

そうした従来の暗黙のルールが、前回会合では崩された。しかも、+1.8%であれば2%程度の範疇であったものが、+1.6%ではもはや2%程度とは言えない。これは、日本銀行が、2%の物価目標の達成をあきらめるとともに、目標をなし崩し的に柔軟化、あるいはその重要性を後退させる意図があったのではないか。4月の会合で、物価上昇率が2%に達する時期を明示しないことを決めたことも、その一環と言えるだろう。

このように考えると、政府が2%の物価安定目標の達成の重要性を事実上引き下げているのと平仄を合わせて、日本銀行も同様の戦略へと動いているようにも見える。


政府と日本銀行の間にコミュニケーション

前回7月の決定会合で、日本銀行は政策金利のフォワードガイダンスを発表したが、その際、「日本銀行は、2019年10月に予定されている消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」と説明された。敢えて消費税率引き上げに言及した点が作為的だ。これは、政府が経済への悪影響の観点から強く警戒しているような、消費税率引き上げと日本銀行の正常化策が重なるようなことは避ける、という日本銀行から政府へのメッセージだったのではないか。一方で、消費税率引き上げの経済への影響が限定的であることが確認できれば、日本銀行は長短金利の目標値を引き上げる、という正式な正常化策を実施する考えを示したとも解釈できる。

こうした日本銀行側からのメッセージに答えるかのように、安倍首相からは今回、金融政策に関する踏み込んだ発言があった。政府と日本銀行との間に、従来見られなかったコミュニケーションが始まったようにも見られる。

2013年以降の日本銀行の金融政策は、一貫して政府の強い影響下にあり、政策運営は、政府の顔色をみながら慎重に進めることを強いられてきた。この点から、今回の安倍首相の発言が、日本銀行の正式な正常化策にフリーハンドを与える主旨のものだとすれば、日本銀行は正式な正常化策実施に踏み切りやすくなる。ただし、金融市場の過剰な反応、特に円高進行が正常化実施に伴う日本銀行の最大の懸念であることには変わりがないことから、正常化策は慎重に進められていこう。

最短では、消費税率引き上げに経済への影響が限定的であることを確認したうえで、2020年春に長短政策金利の目標値を引き上げる正式な正常化策が実施される、と考えることができるのではないか。ただし、実施のタイミングは、経済、金融市場の環境にも大きく左右されるため、経済情勢の悪化や円高進行などがあれば、実施のタイミングは後ずれしよう。

他方で、長期国債買入れ増加ペースの一段の縮小や、国債利回りの一段のスティープ化(10年国債利回りが現状から0.2%~0.3%程度上昇か)といった事実上の正常化策は、正式な正常化策が実施されるまでにも、粛々と進められよう。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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