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ECBのドラギ総裁の記者会見-Balance of Risk

2018年09月14日

はじめに

ECBは、既に6月の政策理事会で量的緩和の縮小(10月から)と停止(年末)という重要な政策決定を下しただけに、今回(9月)はフォワードガイダンスを含む金融政策の現状維持を決定した。もっとも、今回の会見は前回(7月)のように途中で質問が尽きることもなく、相応に活発なやり取りが復活した。その理由に焦点を当てつつ、いつものように内容を検討したい。


景気と物価の見通し

今回(9月)の政策理事会には執行部による景気と物価に関する新たな見通しが提示され、ドラギ総裁の記者会見後に公表された。まず、実質GDP成長率の見通しは、2018~20年にかけて2.0%→1.8%→1.7%となり、前回(6月)からの変化は2018~19年のわずかな下方修正に止まった(各々0.1%ポイント)。記者会見の冒頭説明で、ドラギ総裁は見通し概ね不変であり、当面は潜在成長率を上回って推移することに変わりがないと説明した。

しかしドラギ総裁は、保護主義政策の台頭、新興国経済の不安定化、金融市場のボラティリティ上昇といったリスク要因が高まっているとも指摘したため、質疑の部分では多くの記者がこれらのリスク要因を取り上げた。

このうち新興国経済に関しては、南アフリカやトルコなどユーロ圏との関係が高い国で問題が深刻化している点を捉え、波及効果の評価を質す向きが複数見られた。これに対しドラギ総裁は、現在ストレスがかかっている国は財政や国際収支の面でもともと脆弱性を有する事実を強調した上で、少なくとも現時点ではユーロ圏を含む他国に対する波及は見られないと説明した。

また、保護主義に関してドラギ総裁は、現時点で実行に移された措置の影響だけが見通しに反映されている点を説明した上で、 ①どこまでescalationするか見通しにくい、②直接的な影響だけでなく企業や家計のコンフィデンスを損なう恐れがある、③世界的なバリューチェーンへの影響が把握しにくい、といった点で影響の大きさには不透明性が高いことを確認した。

これらを受けて数名の記者は、新たなリスク要因が顕在化しつつある以上、リスクバランスの評価も下方修正すべきとの考えを示した。しかし、ドラギ総裁は消費や設備投資を支えるファンダメンタルズ(雇用や賃金、企業収益や設備稼働率)の頑健性はむしろ高まっているので、両者を勘案すればリスクバランスの評価を中立に維持することが適当との考えを示した。

一方、HICP総合インフレ率に関する執行部による今回(9月)の見通しは、2018~20年にかけて1.7%→1.7%→1.7%とされ、前回(6月)と全く不変であった。

もっともドラギ総裁は、質疑応答の中で、新たな見通しはインフレのモメンタムが不変であるとの評価を意味するものではない点に注意を喚起した。つまり執行部としては、2020年にかけて原油価格は減速するとみている一方、基調的なインフレが加速すると期待しており、結果として横ばいになるとの見通しになっている訳である。実際、HICPコア(除くエネルギー、食品)の見通しは、 1.1%→1.5%→1.8%と徐々に伸びを高める姿を想定している。

足許の基調的インフレ率が低位であるのに、物価目標の中期的達成に自信を持っているのは、本日の記者会見でもドラギ総裁が再三言及したように賃金の伸びが徐々に高まってきたことに加え、様々な指標で見てインフレ期待の改善も明確になっているためであろう。このため、ある記者が可能性を質したインフレのオーバーシュートの必要性は低いことになる。

量的緩和とイタリア問題

今回の記者会見での質疑のうち、政策運営に関しては量的緩和によって取得した証券の再投資の具体的運営についての質問が比較的多く示された。

この問題が本質的に重要になるのは量的緩和が完全に停止される来年初以降である。ただし、ECBが公表している今後1年間の保有証券の償還見通し(月次)をみると、来月(10月)からは3ヶ月毎に償還額が高水準に達し、量的緩和による新規買入れ額を上回る再投資が必要となる。これに対し、ECBは新規買入れと同様に各国の出資比率(capital key)に沿って運営するとだけしか明らかにしていない。

結論から言うと、今回の記者会見でもドラギ総裁は、政策理事会でまだ議論していないという説明に終始した。もっとも、年内にはあと2回の会合があるとも付言し、遅くとも年内には方針を提示する考えを示唆した。さらに、一部の記者の質問に答える形で、方針を議論するには技術的な準備が必要であるとの認識も示した。これは、再投資の運営を執行部の裁量に委ねるよりも、政策理事会できちんと決めることを示唆する面がある。

もちろん、量的緩和の今後の運営については、イタリア問題との関連を質す記者も複数みられた。つまり、来年度予算での拡張財政が予想される中で、ECBが国債買入れを縮小することへの懸念を示す向きや、来年に事態が深刻化した場合の国債買入れ復活の可能性を問う向きがみられたが、ドラギ総裁は量的緩和があくまでもインフレ目標の達成を目的に行っている点を確認し、特定国の財政支援の意味合いを強く否定した。

さらに、来年度予算を巡る政権政党幹部の発言を受けて、イタリア国債の利回りが既に上昇している点についても、Draghi総裁は、金融市場にとっては、こうした思惑でなく実際の予算がどのような形で決着するかという事実が重要であるはずと指摘するとともに、首相や経済相が成長安定協定(SGP)の遵守を示唆している点を捉え、ECBとしてそうした考えを支持すると述べた。


金融危機10年

リーマン・ブラザーズの破綻から10年を迎えるだけに、また欧州の場合はその後に財政危機にも見舞われただけに、今回の会見ではドラギ総裁に回顧を求める向きもみられた。

ドラギ総裁は危機の際に印象的であった点として、G20の下にFSF(当時)が新設され、金融システムの頑健性強化の枠組みが具体化したことや、主要国の中央銀行が危機対策を共同で実施するという前例のない措置を講じたことなどを挙げた。

また、その後の関係者の努力によって、特に銀行システムの健全性や頑健性が大きく向上したことを強調した一方、①グローバルには世界標準の金融規制が実施されていない国々が残存している、②ユーロ圏では与信のウエイトがシャドーバンキングに移行しているという二つの懸念も挙げ、これらに対する監督の強化の必要性を指摘した。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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注目ワード : インフレ目標

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