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8月FOMCのMinutes-Effective Lower Bound

2018年08月23日

はじめに

金融政策の現状維持を決定した8月FOMCは注目度も低かった。公表された議事要旨(Minutes)に関しても、米国メディアは、次回会合(9月)での利上げの確実さや貿易摩擦に関する懸念といった新味のない内容を取り上げている。しかし、FOMCは「余裕のある」会合でこそ、中期的な意味を持つ議論を行う傾向がある。そうした点に着目しつつ、いつものように内容を検討したい。


景気と物価の情勢判断

中期の論点に進む前に、FOMCメンバーによる足許の情勢判断(8ページ左段から)に触れておくと、景気に関する強気な見方が支配的になっており、本年後半は第2四半期よりは減速するが、潜在成長率を上回るペースでの拡大を予想している。その背景としては、労働市場の強さ、拡張的な財政政策、緩和的な金融環境、企業や家計の高水準のセンチメントなどを挙げている。

貿易摩擦が景気に与える影響に関しては、数名(a few)の地区連銀総裁が設備投資の先送りや引き下げに繋がったケースを示したが、FOMCメンバーの多く(a number of)は、現時点では設備投資や雇用の削減にまでは繋がっておらず、貿易摩擦の解消に時間を要した場合にはそうした行動に繋がるとの見方を示した。

賃金については、労働市場のタイトさに比べて上昇が緩やかであることを再び取り上げた。理由として、生産性の伸び率の低さや賃金以外の雇用条件の改善が挙げられる一方、労働需給に対する賃金上昇の時間的ラグなどもあって、程なく賃金上昇が加速するとの期待も示されている。

物価に関しても若干の意見の相違が示唆される。つまり、数名(a few)のメンバーは物価が2%近傍で推移するとの自信を示し、数名(several)の地区連銀総裁は、関税引上げや燃料と輸送のコスト上昇を企業が価格に転嫁するとの見方を示した。一方、他の数名(several)のメンバーは、価格上昇が関税引上げの影響も含めて特定の品目に集中する一方、農産物のように価格が下落している品目もあることを指摘した。

こうした議論を踏まえ、多く(many)のメンバーは、経済資源の稼働率の高さとインフレ期待の安定によって、中期的には物価が目標の2%近傍にアンカーされるとしたが、少数意見として、マクロの需給と物価との関係の弱さと、潜在成長率を超える状況が続くことによるインフレ加速という双方の懸念が示された。

景気や物価に対するリスクとしては、まず、財政政策の影響を取り上げ、多数(generally)のメンバーがupsideの要因と位置づけたが、少数(a few)のメンバーは政策効果の持続力の低さや拡張的政策の終了後の財政引締めを下方リスクとして指摘した。

その上で、すべて(all)のメンバーが貿易摩擦を不確実性とリスクの重要な源泉と主張した。つまり、長期化し大規模になった場合は、企業のセンチメントだけでなく設備投資や雇用に影響を及ぼすほか、家計の購買力を毀損し、企業の生産性やサプライチェーンにも影響しうるとした。さらに、原油価格の急上昇や新興国経済の顕著な減速にも繋がりうるとした。

米国メディアが注目するように、FOMCが貿易摩擦に懸念を示したことには意味があるかもしれないが、論点自体は既に広く主張された内容と同様であり、その意味で新味に乏しい。


政策金利が下限に達した下での政策手段

今回の議事要旨で最も興味深いのは、冒頭(2ページ)に記されたこの議論である。

まず、執行部は、計量モデルによる推計をもとに、今後10年間にFRBが政策金利の実効的な下限(ELB)に直面する相応(meaningful)なリスクが存在するとした。その上で、物価や失業率に政策金利を条件付けるフォワードガイダンスやバランスシートの規模や満期構成といった政策手段が一定の効果を発揮するものの、計量モデルのシミュレーションによれば、ショックの予見不可能性や政策効果の時間的ラグといった特性のため、政策効果には限界もあるとの見方を示した。

FOMCメンバーの多く(generally)も慎重な見方に同意するとともに、実質中立金利が、労働力の拡大ペースと生産性伸び率の鈍化や安全資産への需要の増加によって低下しているため、政策金利の引下げ余地が縮小し、ELBに直面する可能性や持続性が執行部の分析より高いリスクを指摘した。さらに、2名(a couple of)のメンバーは同時に多くの経済がELBに直面するリスクを指摘したほか、他の数名(a few)のメンバーはインフレ期待の低下に繋がる懸念を挙げた。

さらに、数名(a few)のメンバーは、非伝統的政策の効果について研究者の間でもコンセンサスがないと指摘し、多く(a number of)のメンバーは、大規模な資産買入れの場合は特に、非伝統的政策の活用には大きなコストを伴うことを示唆した。

ELBの下で財政政策は重要な手段となりうるが、米国では高水準かつ増加を続ける財政赤字が支障になりうる点が指摘されている。一方、2名(a couple of)のメンバーは、景気後退に対してもマクロプルーデンス政策を活用する可能性を指摘した。

さらに、金融政策に関するコミュニケーションについても、デュアルマンデートの達成に対するコミットメントを理解してもらう上で重要であったと評価した一方、数名(several)のメンバーは過度に詳細な予告を問題視し、景気後退の原因を予知することが難しい以上、政策の柔軟性を維持することが重要とした。

これらを踏まえて、FOMCメンバーは、ELBの下での政策手段や政策運営の考え方を議論していくことで合意した。もちろんこれは、議事要旨が強調するように「念のため(as a matter of prudent planning)」という位置づけである。しかし、議論の内容は足許の政策判断にも影響を与えている。

つまり、当面の利上げを緩やかなペースに維持するという合意(10ページ左段)の理由は、中立金利の水準に関する不透明性と、ELBに直面した場合の政策対応への制約の二点である。また、2名(acoupleof)のメンバーが提起した金融規制に伴う当座預金需要への影響については、パウエル議長がバランスシート運営に関する議論を本年秋以降に再開する考えを示した。


おわりに

次回(9月)のFOMCについては、追加利上げよりも、中立金利との関係で見た政策金利の最高到達点や、バランスシートの規模の新たな落ち着きどころに関する議論をパウエル議長が記者会見でどう説明するかが注目される。言うまでもなく、これらは長期金利の動向に大きな関係を持つことになる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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