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ECBのドラギ総裁の記者会見-Sixth anniversary

2018年07月27日

はじめに

前回(6月)の政策理事会で本年秋以降の資産買入れの縮小と停止という大きな決定を下した直後であるだけに、今回(7月)の政策理事会に関しては、市場関係者も焦点を探すのに苦労する状況であった。実際、ドラギ総裁の記者会見は、冒頭説明を含めて約40分で質問がなくなって終了する異例の結果となった。

それでも、ドラギ総裁が強調したように、ECBによる金融政策の「正常化」にはstate contingentな面も当然に残っているほか、保有資産の再投資政策には、そもそも未決定な部分が少なからず残されている。秋以降の議論を展望する上で重要と思われる点を検討しておきたい。



景気と物価の判断

ドラギ総裁は、記者の質問に答える形で、現状の景気や物価が、前回(6月)の政策理事会で議論した見通しに沿って推移しているとの判断を示した。特に、第1四半期以降の経済成長率の鈍化については、輸出の減速による面が大きいとした上で、昨年後半の輸出が異例なペースで拡大したことの反動であり、足許の成長率(前期比+0.4%)自体は十分に高いことを確認した。

加えて、現在の景気拡大は、個人消費だけでなく設備投資や住宅投資を含む幅広いものとなっており、雇用や家計資産の拡大、高水準の企業収益と設備稼働率といったファンダメンタルズに支えられた持続力を有するとの見方を示した。

これに対しては、景気の減速が一時的に止まらないリスクへの懸念よりも、むしろ総合インフレ率が既に2%付近に達しており、かつ当面はそれが維持されるのであれば、利上げのタイミングの前倒しなど、金融政策の「正常化」を急ぐべきではないかとの指摘が複数の記者から示された。

ドラギ総裁は、基調的なインフレ率も改善傾向にはあるが、コアHICPインフレ率が依然として1%前後に過ぎないなど、まだ低位であることを指摘した。また、名目賃金の上昇率も徐々に高まっているが、労働需給をより明確に反映する「negotiated wage」の寄与がまだ小さいとの慎重な見方を示し、だからこそ、金融緩和については「prudent, patient, persistent」の原則を維持することが大切との考え方を確認した。

なお、ユーロ圏の景気を考える上でも貿易摩擦の影響は当然に重要であり、ドラギ総裁の冒頭説明でも、世界の貿易環境に関する不確実性が「prominent」であるとの指摘がなされた。一方で、前日にワシントンで開かれた欧州委員会のユンケル委員長と米国のトランプ大統領との会談では、少なくとも交渉を優先させることに合意したとされている。

このため、記者からはその評価や影響に関する質問も示されたが、ドラギ総裁は会談の事実を認識する一方、具体的な評価は早計としつつも、一般論と断った上で、特に多国間交渉の枠組みに回帰する点で「good sign」として歓迎する意向を示した。

また、トランプ大統領との関係で一部の記者は、米欧の政策金利差が一段と拡大することで、ECBの金融政策がユーロ安政策として批判されるとの懸念を示した。しかし、ドラギ総裁はそうした懸念を強く否定し、米欧では景気循環のフェーズが異なるだけに、各々の中央銀行による政策運営が異なるのは当然であって、国際的にもその点は十分理解されていると反論した。加えて、ドラギ総裁は(ユーロドル相場でなく)名目実効レートをみると、ユーロはむしろ増価しているとして、そうした懸念は事実関係とも整合的でないことを示唆した。


政策運営の考え方

市場関係者が今回の政策理事会の焦点として掲げていたことの一つは、利上げに関するフォワードガイダンスの解釈である。この点に関しては、前回(6月)の声明文から登場した「現在の政策金利を”though the summer of 2019”まで維持する」との表現に解釈の余地が残る点だけでなく、各NCBが現地語に翻訳した際に、独仏などで「until the summer of 2019」とされ、英文とニュアンスの相違が生じたことも注目を集めていた。

もちろん、これらは企業や家計には大差のない話とも言えるが、金融市場にとっては、ユーロ圏の景気循環と合わせて考えると利上げの最高到達点、ひいてはイールドカーブの短中期ゾーンの形状に影響しうるので無視しえない面もある。

実際、複数の記者がこの点を取り上げたが、ドラギ総裁は「through the summer」に具体的な説明を加えることは避けた。前回の会見でも示唆したように先行きに対する柔軟性を確保するためであろうが、そもそも政策理事会内で具体的なコンセンサスが成立していないことの現れである可能性もある。

また、ドラギ総裁が説明したように、政策理事会として合意した正式な声明文は英語だけなので、問題の半分は市場の誤解による面もある。ちなみに、金融政策の対外公表に関する翻訳については、他国でも類似の問題が注目されたケースが存在する。

もちろん、先行きの政策運営に関してより本質的な焦点は、再投資政策の運営である。ECBは資産買入れと同じく、出資比率(capital key)に沿って行うとの方針だけを表明しており、平均残存年限をどのように運営するか、市場中立的に行うかどうかといった重要なポイントを明らかにしていない。これらは、単にイールドカーブの形状に影響するだけでなく、term premiumを通じて金融緩和の効果にも影響しうることは言うまでもない。

しかし、複数の記者の質問に対し、ドラギ総裁は今回(7月)の政策理事会では再投資政策について議論していないだけでなく、いつになったらこの点を議論するかについても議論していないと説明し、完全なノーコメントを貫いた。

ただし、他ならぬECBが公表するデータに拠れば、2018年の後半からは概ね3ヵ月毎に、保有する国債および国際機関債の償還が200億ユーロ近い高水準に達するだけに、遠くないタイミングで再投資の運営方針がより明確に示されることが展望される。


6周年記念

実は7月26日は、ドラギ総裁が「whatever it takes」という有名な講演を行ってから丁度6年目に当たる。記者の質問に答える形でドラギ総裁は、当時に比べてユーロ圏の金融経済が磐石であることや、ECBが多くの政策手段を手に入れたことを説明したが、短めのコメントで切り上げてしまった。回顧はあと1年強となった任期を終える際に行うべきことと思ったのかもしれないが、結果的に記者会見が異例の短さで終了しただけに、ドラギ総裁の気持ちをもう少し聞きたかったところでもある。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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