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洗濯機にみる米国保護貿易のブーメラン効果

2018年07月23日

米国民は追加関税の痛みをいつ感じるか

トランプ政権が乱発している追加関税の導入は、米国が海外から輸入する原材料、部品、完成品の価格を押し上げる。それは米国企業の収益を圧迫し、また消費者の負担にもなる。関税導入の結果、国内での生産が増えるというプラス効果も期待できるが、そうした効果が生まれるかどうかは、個々の輸入品の特性次第である。関税によって輸入品の価格が上昇しても、それが米国内での生産によって簡単には代替されないような競争力の高いものの場合には、米国経済にはマイナス効果となる。またいずれは国内での生産に代替されるようになるとしても、それまでには相応の時間がかかる。そのため、当面の間は米国企業、消費者の負担になるのである。

こうした点から、関税の導入は米国の利益も損ねてしまう「諸刃の剣」であり、この点が理解されれば、トランプ政権もいずれは追加関税導入に慎重になると考えるのが自然であろう。しかしトランプ政権の政策を、こうした経済合理性に基づいて予想するのは実際には難しい。また、追加関税導入の痛みを実際に感じるまでは、米国内で消費者の批判的な意見が高まらないことも考えられるだろう。

米国の洗濯機メーカーの実例

しかしそうしたなか、既に米国の消費者が関税導入の痛みを十分に感じている商品がある。それが洗濯機だ。トランプ大統領は2018年1月に、洗濯機についてセーフガード(緊急輸入制限)の発動を命じる文書に署名した。それは通商法201条に基づく措置で、家電大手のサムスン電子やLG電子といった韓国企業を念頭に置いたものである。輸入制限は少なくとも3年間続き、年間120万台までの輸入品には20%の追加関税、それを超える分については50%の追加関税が課される。米紙ウォールストリート・ジャーナルが、こうした措置に翻弄された米国の洗濯機メーカー・ホイールプール(Whirlpool(渦巻))社の興味深い経験を報じている。以下ではそれを簡単に紹介してみたい(注1)。

鉄鋼、アルミの追加関税で米国洗濯機メーカーも打撃

このホイールプール社は、ダンピングなど不公正な貿易をする海外企業から米国企業を保護する措置を講じるように、2017年に米当局に訴えていた。その訴えが認められて、セーフガードが発動されたのである。ちなみに、米国に輸入される大型家庭用洗濯機は、2017年で420万台であった。これは月中平均にすると35万台だが、2018年は4月までの輸入台数は月中平均で16.1万台にまで激減している。それはセーフガードの影響である。2018年3月から6月までの僅か3か月間のうちに、洗濯機と乾燥機の価格は20%も上昇している。

当初、ホイールプール社はセーフガードによって売り上げを伸ばし、その結果、新規投資、新規工場の建設にも着手した。しかしホイールプール社の業績が上向いたのは僅かな期間であり、その後、業績は急速に悪化に転じたのである。それをもたらしたのはトランプ政権が3月23日に発動した、それぞれ25%、10%の鉄鋼とアルミニウムに対する追加関税措置だった。輸入される鉄鋼とアルミニウムの価格上昇は、米国内での洗濯機メーカーには大きなコスト増加となったのである。洗濯機はほとんど、鉄とアルミからできているためだ。

洗濯機の価格は大幅上昇

一般に米国での家電製品のコスト構造(IBISWorldによる)を見ると、売上高のうち52.8%は原材料である。人件費が10.1%、その他の経費が33.4%、そして利益は3.7%しかない薄利の産業だ。こうした中で原材料費が上昇すれば、収益の圧縮でその影響を吸収することは難しく、販売価格の値上げに直結しやすい。

また家電製品には半導体などの電子部品が多く使われるようになっている。そしてそれらは中国から輸入される割合が高いのである。今後、中国からの輸入品への追加関税対象が広がっていけば、米国内での家電製品には一段と価格上昇圧力がかかることになるだろう。

安い価格帯の洗濯機の価格の変化を実際に見ると、韓国LG社の洗濯機1台の平均価格は、2018年1月の629ドルから6月には703ドルと、11.8%上昇した。同じ時期にサムスンの洗濯機の平均価格は、494ドルから582ドルへ17.8%上昇している。ところが、追加関税の直接的な影響を受けないホイールプール社の洗濯機の平均価格は、329ドルから429ドルへと30.4%も上昇したのである。米国製品の価格上昇率のほうが大きくなったのは、コスト構造の違いなどによるのだろう。

経営環境はまさに天国から地獄へ

米国内での洗濯機の販売台数は、5月には前年比18%もの減少となっている。これは、洗濯機への追加関税導入前の駆け込み購入が年初に生じたことの反動という側面もあるが、当然ながら、価格上昇の影響が大きい。洗濯機への追加関税導入後は、洗濯機が壊れても買い直さずに、修理に出す消費者が増えているという。そのため修理費も上昇し、修理業者には強い追い風となっている。

米政府が2018年年初に洗濯機へのセーフガード発動を決めた際には、ホイールプール社のCEO(最高経営責任者)は、この措置は自社にとって疑いもなくポジティブなカタリスト(触媒)だ、と投資家向けの電話会議で語っていた。しかしそれから6か月程度たった時点で、同社の株価は15%も下落していた。2018年1-3月期の収益は、トランプ政権が実施した法人減税の追い風があったにもかかわらず、前年同期比で大幅に減少してしまったのである。4月に行われた投資家向けの電話会議でホイールプール社のCEOは、「将来の関税変更、貿易政策に関して、引き続き不透明感がある」と、一転して慎重な姿勢をみせた。

保護貿易政策のブーメラン効果を理解すべき

売上げ減少を受けて、ホイールプール社は在庫調整のためにオハイオ州の工場の操業を一時的に停止する措置も講じている。ホイールプール社は当初、この工場の操業を3割高め、1,300人の新規雇用を計画していると、米通商代表部(USTR)に誇らしげに説明していたという。実際、ここでは既に新規工場の建設が進んでいる。ミュージアムや研究所、研修所の建設も始めてしまったという。

そして、ホイールプール社に洗濯機の部品を供給するサプライヤーも、洗濯機へのセーフガードが発動された時点では大幅な出荷増加を期待していたが、現状では予想外の逆風に見舞われている。

以上、トランプ政権の保護貿易政策に翻弄されて、経営環境についてはまさに短期間で天国と地獄の双方を経験した米国の洗濯機メーカーの例をみてきた。このように保護貿易政策については、貿易相手国に打撃を与えるつもりで、米国の企業や消費者に悪影響をもたらしてしまうという、いわば「ブーメラン効果」がある点を十分に理解する必要があるだろう。さらにグローバル・バリューチェーンが広がる中で、こうしたブーメラン効果がどのような形で、またどの程度の規模で生じるかについて、政策当事者が事前に把握することが非常に難しくなっているのである。


(注1)"From Washer Tariffs to Trade Showdown", Wall Street Journal, July 17, 2018

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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