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ワシントンDCで現金受取りを義務付ける法案

2018年07月13日

ワシントンDCで増える「現金お断り」の店

ワシントンDCでは、現金の受取りを拒否するレストランが増えているという(注1)。メキシカン・レストラン、フローズンヨーグルト・ショップ、サラダショップ等である。ドル紙幣が発行されている場所で現金が使えなくなっているのも皮肉なことであるが、当地ではこれが社会問題化している。それは、ワシントンDCでは銀行口座を持たず、結果的にキャッシュカードやデビットカードを使うことができない人が少なくないためだ。

2015年の調査によると、米国民の7%が銀行口座を持っていないアンバンクトの状態にある。黒人、ヒスパニックでは、この比率がほぼ2倍だ。他方ワシントンDCでは、銀行口座を持たない住民の比率が全体の10%と、全国平均を上回っている。そうした人が銀行口座を持たないのは、信用力の観点から銀行に口座開設を認められないことよりも、当人が手数料の支払いを嫌って、口座を持ちたがらないことによるところが大きい。一定水準の預金残高を維持しないと口座管理手数料の支払いが課されるため、そうした水準を維持できない低所得層は、銀行口座を持たない選択をするのだ。

高まる現金受取り拒否への批判

ワシントンDCでレストランなどが現金の受取りを拒否する動きが広がっていることに、反対意見も強まっている。銀行口座を持たない低所得者や若年層を差別することになる点や、個人情報の漏洩などを嫌ってカードでの支払いを避けたいとする個人の権利が侵害されている、という点などが指摘されている。

こうした問題を受けて幾人かの議員は、ワシントンDCで小売店に現金の受取りを義務付ける法案を提出した。同様の法案は昨年シカゴでも議会に提出されたが、否決されたという。小売業協会などから強い反発が出たことがその背景にある。しかしワシントンDCでは同法案は可決されそうだ。そうなれば店頭に「現金お断り(No Cash)」の張り紙を出す店は違法となる。

キャッシュレス化には公的部門の関与が必要

現金利用には様々なコストが掛かっていることを考えれば、キャッシュレス化には経済的なメリットがあることは確かだ。しかし、低所得者などがそこから排除される、いわゆる金融排除の問題を回避しないと、社会インフラとしては成立しない。

キャッシュレス化の先進国であるスウェーデンでは、コスト削減や避税対策の観点から、政府、中央銀行が当初キャッシュレス化を推し進め、最終的には民間銀行が共同で運営する「スウィッシュ」が小口決済の大半を占めるに至った。しかし、それを利用できない低所得者、高齢者、地方住民から批判が高まったのである。

それをきっかけに、いわゆる金融包摂の観点から、中央銀行は中銀デジタル通貨の創設を真剣に検討し始めたのである。キャッシュレス化を民間の動きだけにまかせれば、そこから排除される人が必ず出てきてしまう。そのため、キャッシュレス化を社会インフラにまで発展させるためには、公的部門の関与がどうしても必要だ。ワシントンDCの例もそのことを示していよう。


(注1)"As restaurants go cashless, a backlash is building. Will D.C. intervene?", The Washington Post, July 9,2018

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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