1. HOME
  2. ナレッジ&インサイト
  3. 研究員の時事解説
  4. 木内登英のGlobal Economy & Policy I…
  5. 米国WTO離脱の可能性

米国WTO離脱の可能性

2018年07月11日

米国第一主義のもと多国間の枠組みからの離脱を繰り返す

米国第一主義を掲げるトランプ政権は、米国の利害を損ねると考える多国間の枠組みからの離脱を繰り返してきた。2017年1月の政権発足直後には、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉からの離脱に関する大統領令を発表した。2017年6月には、地球温暖化対策の国際的な取り決めであるパリ協定から離脱することを決めた。また2017年10月には、反イスラエル的偏向を続けているとしてユネスコ(国連教育科学文化機関)からの離脱を決めた。

さらに2018年に入ってからも、5月にはイラン核合意から、6月には慢性的な反イスラエル的な偏見があるとして国連人権理事会からの離脱を決めたのである。

次は、米国が世界貿易機構(WTO)から離脱するかどうかが世界の注目を集めている。実際に米国がWTO離脱を決めれば、戦後、米国が主導して作り上げた関税及び貿易に関する一般協定(GATT)にはじまる貿易に関する多国間協定と貿易自由化の枠組みは、事実上崩壊することになる。

米国WTO離脱の観測が広がる

米新興メディアの「アクシオス」は2018年7月1日に、トランプ米政権が国際貿易ルールに基づかず、独自に関税を適用できる権限を持てる法案を作成していたと報じた。これはWTOからの事実上の脱退につながるものだ。報道によると、法案はトランプ大統領自身が指示し、米商務省や米通商代表部(USTR)などが作成に関与した。加盟国に一定以上の関税率を課すことを禁じたWTOの枠組みに縛られずに、各国との個別交渉で税率を決められる一方的な権限を大統領に付与する内容であったという。

トランプ大統領は翌日、現時点ではWTO離脱の計画はないと報道を否定しつつも、「WTOは米国をひどく扱ってきた、彼らがやり方を変えることを望む」と述べ、「米国を適切に扱わなければ何かするだろう」、とWTOからの離脱の可能性を示唆している。ロス商務長官は同日、「WTOはいくつか改革が必要な点がある」としながらも「離脱について議論するのは時期尚早だ」と語っていた。

大統領選挙中からWTO離脱の可能性を示唆

トランプ大統領は、大統領選挙キャンペーン中からWTO離脱の可能性を示唆していた。自身が提案する大幅な関税引き上げが国際貿易ルールに違反するならWTOからの脱退も辞さない、と発言していたのである。

WTOについての米国政府の不満は、2001年のWTO加盟から始まったという側面もある。ライトハイザーUSTR代表は、2001年に中国がWTO加盟を果たして以降、市場改革を進めると約束した中国の真意を米政権は見誤ってきたとみている。同氏は以前、重商主義的な中国を、自由経済を旗印とするWTOに加入させたこと自体が、そもそも無理があったとの意見を述べている。

2018年3月にトランプ政権が公表した「2018年通商政策の課題及び2017年の年次報告(2018 Trade Policy Agenda and 2017 Annual Report)」では、トランプ政権はより良い多国間貿易制度を作るためにWTOにとどまる考えを正式に示した。しかしながら他方で、WTOはいつも期待通りに機能していないと強い不満も表明していた。

特にトランプ政権が問題視しているのが、WTO紛争処理制度だ。本来はより良い貿易制度を作り維持するためにある制度であるにも関わらず、実際にはしばしば、特定の国が独自の政策を加盟国に押し付けることを助けていると強く批判している。WTOは中国のような自由貿易を壊すような活動を抑えるのではなく、時にはそうした国に米国やその他の自由貿易に基づく国に対して不公正に優位にさせている、とも述べ、そのうえで、WTOが米国民の経済的利益を守るために米政府が講じる政策を妨げることを認めない、と強いトーンで結んでいる。

米国の制裁関税に関するWTO提訴が急増

2018年前半にWTOに提訴されたもののうち約70%は、米国が導入した制裁追加関税に関するものだった。

米国自身もWTOに提訴しているが、それが認められることも多かった。ケイトー研究所によると、米国が過去に起こしたWTO訴訟のうち91%で米国は勝利している。米国はオバマ政権時代に中国を相手取った訴訟を16件起こし、いずれも勝訴した。ただしこれは、米国に限ることではない。WTO訴訟はある国が強い根拠をもった場合にのみ行うのが通例であり、提訴側が勝利をおさめるケースが多い。

2018年6月に欧州連合(EU)は、米国の鉄鋼・アルミニウムの輸入制限措置が国際貿易ルールに反するとしてWTOに提訴した。同日にはカナダもEUと足並みを揃えて、米国をWTOに提訴した。さらに中国、インド、メキシコ、ノルウェー、ロシアもこれに続いたのである。

WTO離脱の手続きは簡単だが。。。

WTOの設立を決めた「マラケシュ協定」は、15条で脱退の手続きを明記している。加盟国がWTO事務局長に離脱の意図を書面で通告すると、事務局長が受理してから6か月で離脱が成立する。1995年のWTO発足以来、離脱した国・地域はないが、離脱手続きは実に簡単なものである。

仮に米国がWTO離脱を決めれば、もはや加盟国は米国を提訴できなくなる。トランプ政権がどれほど制裁関税を乱発しても、である。その場合、米国との貿易紛争は2か国間交渉で解決をせざるを得なくなるが、それができず混乱が大きく広がる可能性は高くなるだろう。

実は、米国のWTO離脱を待たずに、WTOの紛争処理機能が破綻する懸念も生じているという(注1)。持ち込まれる案件が増えるにつれ、判決が遅れがちになっているためだが、加盟国の米国への提訴を受けて、そのリスクが高まっているように思われる。

WTOの紛争処理は、小委員会(パネル)と上級委員会の二審制だ。WTO事務局は一審で決着した場合で1年、最終審にまでもつれても1年3か月を所要期間の目安にしているが、この目標は既に形骸化しているという。つまり実際にはかなり長期間を要している。

近い将来のWTO離脱の可能性は低いが

加盟国のWTO離脱の手続きは簡単であるが、米国内での手続きは簡単ではない。それは議会の承認が必要だからである。現在のところでは、トランプ政権がWTOからの離脱を表明しても、議会の承認を得られる状況にはない。だからこそ、トランプ政権は離脱を表明できないでいるとも言える。

しかし今後米国の制裁関税について、加盟国の提訴が認められれば、議会でもそれに反発する機運が俄かに高まり、WTOからの離脱を承認する可能性も出てこよう。また、そこに至らなくても、既にみたように、米国の制裁関税に対する提訴が急増したことで、WTOの紛争処理が機能しなくなる状況に追い込まれる可能性もある。これは、制裁関税の乱発を通じてトランプ政権がまさに狙ったことであったかもしれない。

仮に米国が敗訴しても、判決に盛り込まれた是正勧告を完全に無視するという手段もある。勧告を順守しているかどうかが新たな紛争処理案件として審理されるため、そこでさらに数年単位で時間を稼ぐことができる。そうなったら、紛争処理機能は事実上停止してしまうだろう。このように、トランプ政権は、WTOから離脱しなくても、WTOの機能を大きく損ね、戦後の自由貿易体制の仕組みを突き崩すことができるのである。


(注1)「欧州Inside WTOに迫る米離脱シナリオとその手前の危機」ジュネーブ支局 原克彦、日本経済新聞電子版ニュース、2017年2月9日

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

この執筆者の他の記事

木内登英の他の記事一覧

注目ワード : トランプ大統領

このページを見た人はこんなページも見ています