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貿易摩擦激化で中国は米財務省証券を売却するか

2018年07月02日

中国が米財務省証券を売却するとの観測が燻る

米中間での貿易摩擦が今後さらに激しさを増していった場合には、中国政府が外貨準備で保有している米財務省証券を売却するのでは、という懸念が金融市場に燻っている。中国政府が米財務省証券を売却し、それが米国の長期金利を押し上げることになれば、住宅投資や自動車販売など金利に敏感なセクターを中心に、米国経済に相応の打撃を与えることができるためだ。

そうした見方がなされる背景には、両国間で報復関税の応酬となった場合に、追加関税の対象となる輸入品は中国側の方がかなり規模が小さい、ということがあるのだろう。2017年に米国が中国から輸入した輸入品(財)の額は5,050億ドルであったのに対して、中国が米国から輸入した輸入品(財)の額は1,300億ドルと、4分の1程度の規模である。中国は世界貿易機構(WTO)のルールに則った対応をしており、米国が中国からの輸入製品に追加関税を課した場合、それに対する報復措置としては、それと同額の米国からの輸入製品に、同率の追加関税を課す。確かにこのルールに従う限り、報復関税の応酬では中国側が不利になる。

しかし、米国に対する中国側の武器は経済的なものにとどまらない。米国と北朝鮮とが激しく対立していた時期には、北朝鮮に対して実効性の高い経済制裁を行うためには、米国は中国の協力が不可欠であった。また米国と北朝鮮との関係が改善した現在でも、北朝鮮による非核化を着実に進めるには、米国は中国の協力が必要だろう。つまり外交、安全保障問題を通じて、中国は米国側に影響力を発揮することができ、それが貿易問題においても一種の武器になる。

中国は米国への対抗で人民元安誘導を実施

また米国への経済的な対抗手段としては、第1に人民元安誘導が挙げられる。これについては、既に実施されていると言えるだろう。人民元は対ドルで大幅に下落し、足もとでは半年ぶりの水準に達している。

年初の人民元高から人民元安傾向に転じたのは2018年4月後半以降のことである。さらに6月に入ると、人民元安傾向に拍車がかかった。そのきっかけとなったのは、米中貿易摩擦の激化と米中で逆方向に動いた金融政策だった。6月13日に米連邦準備制度理事会(FRB)が0.25%の政策金利引き上げを決める一方、中国人民銀行(中央銀行)は24日に、市中銀行の預金準備率の引き下げを決めた。米国との貿易摩擦が中国経済に与える悪影響に配慮した措置だ。さらにそうした中国の金融緩和措置によって人民元安が進むことは容易に想定されたことを踏まえれば、景気サポートのために人民元安を容認している、というよりも、積極的に人民元安を誘導する意図があるのではないかと考えられる。人民元安は当然ながら、米国製品の中国市場での競争力を損ねることになる。

米国財務省証券の売却は第3の手段

米国への第2の対抗手段としては、中国での米国企業の活動を制約する諸規制、いわば嫌がらせだろう。また、米国製品の不買運動を煽ることも手段となるだろう。そして第3の手段が、中国政府が保有する米国財務省証券の売却、あるいは売却するという脅しではないか。

まず、中国が保有する米財務省証券の規模を確認してみよう。2018年4月時点で、中国(公的と民間の合計)が保有する米財務省証券は11,819億ドルと、海外が保有する米財務省証券では最大だ。その比率は19.2%である。そして第2位が日本の10,312億ドルとなる。

米国財務省証券の売却が第3と優先順位が高くないのは、それが中国にとっても相応にリスクを伴う手段であるからだ。中国政府が保有する米国財務省証券を売却するとの観測が強まれば、それは米国の長期金利を押し上げるとともに、米国への資金流入が減少することから、ドル安傾向を生じさせるだろう。ドル安・人民元高は、中国経済に打撃となってしまう。この点から、米国財務省証券の売却という第3の手段は、人民元安誘導という第2の手段と矛盾する面がある。

中国金融危機の引き金となるリスク

ドル安は、中国が保有する米財務省証券に損失を生じさせる。また、米国の長期金利が上昇すれば、足もとで急増する中国企業のドル建て社債の金利を直接押し上げることで、ドル建て社債のデフォルト(債務不履行)を増加させてしまうだろう。また米国の長期金利が上昇すれば、その影響はある程度中国にも及び、国債や社債を保有する銀行あるいは投資会社の発行する理財商品に大きな損失をもたらす。それが中国経済の減速と重なる場合には、その規模は大きく増幅されるだろう。それを受けて個人の資金が理財商品から一斉に引き上げるような事態にまで発展すれば、中国金融危機のきっかけにもなりかねない。

このように、米国財務省証券の売却は中国にとっても相応にリスクがあり、安易には採用できない措置だ。しかし、米中貿易摩擦が一段と激化すれば、中国政府が最後の手段として採用を検討する可能性はあろう。

他方、現在とられている人民元安誘導策が、人民元安と中国からの資金流出が制御できない状態へと陥ってしまう場合には、中国政府は為替市場に積極的に介入し、図らずも米財務省証券を大量に売却することで人民元安に歯止めをかけることを強いられることも考えられるところだ。その場合には、上記のような中国及び世界の金融を大きく混乱させる事態に繋がる可能性もあるだろう。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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