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ECBのドラギ総裁の記者会見-Forward guidance

2018年06月15日

はじめに

ECBは今回(6月)の政策理事会で、資産買入れを本年10月からは減額した上で本年末で停止する方針を決定した。ECBがいわゆる「量的緩和」を停止することは、金融政策の「正常化」において重要なステップである。もっとも、こうした歴史的な決定に関わらず、金融市場の反応は総じて抑制的であっただけでなく、ユーロドル相場はむしろ下落するという興味深い反応を示した。

ECBによる政策判断の考え方とともに、こうした市場の反応を招いた理由も含めて、記者会見の内容を検討したい。

政策判断とその背景

今回(6月)の政策理事会で決定した内容は、声明文に要約されている。第一に、資産買入れについては、現在の月額300億ユーロ増から10月以降は150億ユーロ増に減額し、12月末で終了する。ただし、こうした減額や停止は、今後の経済指標が政策理事会の見通しに即したものであるという条件の下で(subject to)実施される。これらの内容は、もちろん、今回新たに決定された。

第二に、資産買入れによって保有する資産の再投資については、資産買入れの終了後も長期(extended period of time)にわたり、かつ少なくとも良好な流動性条件と十分に緩和的な金融政策を維持するために必要なだけ継続する。このうち、「十分に緩和的な」以下の部分は今回追加された。

第三に、政策金利については、少なくとも2019年の夏まで、かつインフレが現在予想されている持続的な調整に即した動きを確保するのに必要な限り、現状の水準で維持する。これらの内容も、今回新たに決定された。

ドラギ総裁は、記者会見の冒頭発言の中で、資産買入れの見直しにとって必要としてきた三つの条件-目標に対するインフレの収斂( convergence) 、インフレ目標の達成に対する信認(confidence)、資産買入れを見直してもインフレが目標近辺で推移する見通し(resilience)が達成されたことが、今回(6月)の政策理事会での政策判断に繋がったと説明した。

より具体的には、convergenceとconfidenceについては、今回(6月)提出されたECBスタッフによる物価見通しを政策理事会として事実上endorseすることによって確認されたことになる。一方、resilienceについては、ドラギ総裁の説明によれば、資産買入れを終了しても政策金利と保有資産の再投資の双方を、若干強化されかつ透明化された上記のフォワードガイダンスの下で継続することによって確保される。

ここまでの説明から明らかなように、今回(6月)の政策理事会は「量的緩和」の終了を具体的に示した一方で、残りの政策手段に対するフォワードガイダンスはむしろ強化し、特に早期の利上げ観測を明確に否定した訳である。しかもこの点は、「量的緩和」の終了に伴う景気や物価への影響に配慮したというよりも、市場へのインパクトを和らげる意味合いの方が大きいように感じられる。なぜなら、政策理事会としては上に見たresilienceを確認した時点で、資産買入れの停止に伴うファンダメンタルな影響は小さいと判断しているからである。

これらの点を踏まえれば、冒頭に見た金融市場の奇妙な反応にも、もっともな理由があることが理解できる。更に言えば、市場参加者が政策理事会はフォワードガイダンスの強化なしには「量的緩和」の見直しを実現できなかったと受け止め、今後の「正常化」に向けたコンセンサス形成が容易ではないとの印象を持ったことも、奇妙な反応に拍車をかけた面があろう。

興味深いことに、今回(6月)提示されたECBスタッフによる見通しは、基調としては前回(3月)の線が維持されている。まず、実質GDP成長率の見通しは、2018年だけが第1四半期の弱さを映じて下方修正された(+2.4%→+2.1%)が、2019~2020年は不変であった(各々+1.9%と+1.7%)。

HICPインフレ率の見通しは2018~2019年にかけて上方修正された(ともに+1.4%が+1.7%になった)が、これらはエネルギー価格や為替レートなどの外生要因による面が強いとみられ、実際、2020年は不変であった(+1.7%)。この点は、HICPコアインフレ率の見通しの修正がはるかに小さい(2018~2020年にかけて、前回(3月)は+1.1%→+1.5% →+1.8%であったが、今回(6月)は+1.1%→+1.6% →+1.9% )ことからも確認できる。

もちろん、これらはあくまでスタッフ見通しである点に留意する必要があるが、今回(6月)の政策理事会が景気や物価の基調が改善したことを根拠に「量的緩和」の停止を判断したというのは、必ずしも正確ではない可能性が示唆される。つまり、前回のドラギ総裁による記者会見や政策理事会の議事要旨の内容も踏まえると、第1四半期の経済指標の軟化が一時的であったかどうかが、既定方針であった「量的緩和」の停止にゴーサインを出す上で、最後の関門であったことが示唆される。

この間、イタリアの連立政権による組閣を巡る混乱と財政政策への懸念によるイタリア国債利回りの急上昇も、「量的緩和」の停止に対する障害になりうる面はあったし、今回の記者会見でも少なからぬ記者がこの点を取り上げた。

しかし、大統領が最後に首相に指名したコンテ氏はユーロ圏からの離脱を否定しただけに、夏から秋に再選挙という最悪のリスクは後退したほか、財政政策を巡る同国と欧州委員会との調整は秋以降とみられるため、市場も小康状態となった。ECBは、モラルハザードのリスクがあるだけに、もともとイタリア問題を配慮しない姿勢を見せたいはずであり、とりあえず現時点ではそのための時間的猶予が生じているわけである。

今後の政策運営

このような状況もあって、今回(6月)の記者会見では、利上げ開始の具体的なタイミングや保有資産の再投資の運営方法といった、金融政策「正常化」のうちでも「後半戦」に関する質問も目立った。これに対しドラギ総裁は、上に見た声明文の内容を繰り返し読み上げるとともに、今回(6月)の政策理事会では具体的な議論がなかったとの説明に終始した。

もちろん、こうした重要な判断は今後の景気や物価の動向に大きく依存するというのは合理的な考え方ではある。その一方で、他ならぬ今回の政策判断に至る動きが示唆するように、ECBが既にある程度の時間的な目処を持っている可能性も否定できない。その意味では、政策理事会でも次のステップとなる利上げに向けた議論は程なくスタートするであろうし、「正常化」のプロセスも徐々にモメンタムを持っていくことになるのであろう。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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