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スイスのソブリンマネー国民投票と銀行の信用創造

2018年06月14日

スイスで通貨発行に関する国民投票

ビットコインなど仮想通貨が生み出された背景には、国民が通貨発行の権限を政府・中央銀行から取り戻す、という発想があった。これとは全く逆に、通貨の発行を中央銀行に限定するという、「ソブリンマネー・イニシアチブ」の是非を問う国民投票が6月10日にスイスで実施された。

事前の予想通り、反対75.7%、賛成24.3%で否決された。ただし、10年前のグローバル金融危機(リーマンショック)以降の金融システムの安定確保という問題、通貨はどのようにして生み出されるのかといった根源的な課題を、改めて考えさせるきっかけになった。

通貨が作られるメカニズム

通貨(マネー)を構成するものの大半は、紙幣・硬貨といった現金ではなく銀行預金だ。また、量的緩和策が現在採用されている国では、民間銀行が中央銀行に持つ預金、つまり中銀当座預金も通貨の相当部分を占めている。

個人が現金を手にするには、ATMなどを通じて銀行預金を取り崩すのが一般的だ。それに備えて民間銀行が手元に準備しておく現金は、中銀当座預金を取り崩すことで、中央銀行から入手する。つまり一般の個人が手にする現金は、中銀当座預金から生じているといえる。

さらにその中銀当座預金は、中央銀行が民間銀行から国債などの金融資産を買い入れる、あるいは中央銀行が民間銀行に資金を貸出すことなどから生まれるものだ。これが、中央銀行が中銀当座預金、現金といった通貨を作り出すメカニズムだ。

民間銀行が通貨(マネー)を作る「信用創造」

ところが通貨を作り出すことができるのは中央銀行だけではない。民間銀行も自ら通貨を作り出すことができる。銀行預金は商品を購入した場合などの支払い、つまり決済に使うことができるという点で、現金と同様に通貨である。現金や中銀当座預金は中央銀行が作り出すことができる通貨で、中央銀行の債務だ。一方で銀行預金は民間銀行が作り出すことができる通貨で、民間銀行の債務である。民間銀行がその銀行に預金口座を持つ企業や個人に貸出をする際には、預金口座に入金をするという操作を行うだけで完了し、その貸出原資は入金した預金の増加分となる。銀行預金という債務を民間銀行自らが作り出すこのメカニズムは、「信用創造」と呼ばれる。

民間銀行が預金額の一定比率を中央銀行の当座預金に積んで置くという預金準備制度がなければ、こうしたメカニズムのもとで民間銀行は、無制限に預金という通貨を作り出すことが可能となる。

銀行破綻リスクを減らすための制度

しかし、民間銀行の負債側にある預金は概して流動性が高く、いつ顧客が取り崩すか分からない。他方でそれを原資とする貸出は流動性が低く、簡単に現金化はできない。預金と貸出の金利差で収益を上げるが、両者で流動性が異なるという期間変換リスクを銀行は負っているのである。突然銀行の信用が崩れて、顧客が銀行預金を取り崩そうとする取り付け騒ぎが生じると、銀行が顧客に支払う現金が手当てできずに破綻(デフォルト)してしまう可能性がある。これが、銀行が抱える本源的なリスクである。

こうしたリスクを減らして銀行経営を安定化させるために考え出されたのが、民間銀行が預金額の一定比率を中銀当座預金に積んで置くという現在の「部分預金準備制度」だ。しかし預金額の一部だけしか中銀当座預金に積んでいないことから、銀行の破綻リスクはなくならない。

そこで、銀行の破綻が相次いだ世界恐慌後に、著名経済学者のアービン・フィッシャーは100%預金準備制度を創設して、銀行経営、金融システムの安定確保を図ることを提案した。この制度の下では、顧客が銀行預金を取り崩そうとしても、その預金額全体に相応する中銀当座預金を民間銀行は常に持っていることになるため、必要があればいつでも中銀当座預金を取り崩して現金化し、それを顧客の支払いに充てることができる。その結果、銀行の破綻(デフォルト)は生じにくくなる。

その後も、銀行預金の運用は流動性の高い国債などに限る一方、貸出の原資は市場から調達することで、期間変換リスクを減らし、銀行の抱える破綻(デフォルト)リスクを低下させる、「ナローバンク」という考え方も提唱されてきた。

信用創造をなくすことには大きなリスク

今回スイスで国民投票にかけられた「ソブリンマネー・イニシアチブ」は、実は金融システムの安定を巡るこのような長い議論の延長線上にある。グローバル金融危機(リーマンショック)後の金融システムの動揺を受けて、より安定した銀行制度に作り替えるという発想が底流にある。

民間銀行が信用創造を行えないようにするための具体策とは、銀行が預金を持つことを禁じることではないかと推察されるが、その場合には資金決済に大きな支障が生じてしまうだろう。さらに、銀行が信用創造のメカニズムを通じて企業向け貸出を行うという機能が失われた場合には、経済活動のモメンタムを相当損ねてしまうかもしれない。

こうした点を踏まえると、「ソブリンマネー・イニシアチブ」の是非を問う国民投票が反対多数で否決されたことは、スイス国民の良識的な判断が働いた結果と言えるだろう。しかし国民投票後に、これを提起した組織は、「国民投票は、通貨が如何にして作られているかを国民が知るきっかけとなった。これは、金融システムの改革の第一歩だ」と説明している。その主張もまた無視できないだろう。

直接民主制を採用しているスイスでは、10万人の有権者の署名が得られれば、こうした国民投票が実施できる。そのため、かなり極端な提案も国民投票にかけられる傾向があり、その多くは否決される。しかしそれには、投票によって国民が様々な問題を改めて考え直すきっかけになるという、啓蒙的な意義を持つのだろう。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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