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自然利子率議論と日銀の金融政策

2018年05月29日

自然利子率の上昇で金融緩和効果が高まる

日本銀行の先行きの金融政策を占う観点から、自然利子率という概念が注目されている。5月10日の講演会で黒田総裁は、「自然利子率が上昇すれば、金融緩和の効果は増す」と説明した。また3月に公表された日本銀行の論文(Natural Rate of Interest in Japan -Measuring its size and identifying drivers based on a DSGE model-)では、幾つか試された推計手法のもとでは、自然利子率は1%前後まで高まっていることが示されている。

このような発言あるいは論文発表は、自然利子率の上昇が金融緩和効果を高めていることを理由にして将来10年金利の目標値を引き上げるための準備、との見方も一部にはある。そこまで読むのはやや行き過ぎとも思われるが、将来の正常化策実施の際に、それを正当化する材料の一つとして自然利子率の上昇を日本銀行が利用する可能性はあるのではないか(注1)。

自然利子率とは何か?

自然利子率とは、需給ギャップに対して中立な実質金利(予想物価上昇率を引いた名目金利)のことだ。一定の条件のもとでは自然利子率は潜在成長率と一致するが、グローバル金融危機(リーマンショック)後には、世界的に大きく低下したと考えられている。一方で、中央銀行による金融緩和の効果は、基本的には、実質金利を引き下げることによって生じるが、実質金利が自然利子率をより下回るほど、つまり両者の差が拡大するほど、金融緩和の効果は高まると考えることができる。

両者の差を拡大させるには、中央銀行が直接コントロールできる、名目短期金利を引き下げるのが最も確実である。しかし名目短期金利がゼロ近傍まで低下して下げる余地は無くなったことから、より長めの金利を下げることを目指したのが、過去20年近くに渡って日本で採用されてきた非伝統的金融政策だった。さらに、国債買入れ策によって名目長期金利の引下げを目指すと同時に、予想物価上昇率(期待インフレ率)を押し上げることで実質金利を引き下げ、両面から実質金利と自然利子率の差を拡大させて金融緩和効果を高めることを狙ったのが、2013年4月に導入された「量的・質的金融緩和」だったのである。 

考えられる「調整」の可能性

以前記者会見の場で黒田総裁は、予想物価上昇率(期待インフレ率)が高まれば、上記のメカニズムで金融緩和効果が自動的に高まるため、その分、10年金利目標値を引き上げるという調整を行なっても金融緩和効果は損なわれない、との記者の指摘に、理解を示す姿勢を垣間見せた。この点から、予想物価上昇率の上昇を理由に、10年金利目標値を引き上げる、あるいは目標値を短期化することで長期金利の上昇を容認する、といった「調整」(日本銀行はこれを正常化策の一環とは認めないだろう)を実施することを、日本銀行が検討している可能性は否定できないところだ。

他方、生鮮食品を除くコア消費者物価上昇率、生鮮食品・エネルギーを除くコアコア上昇率、日本銀行が注目している消費者物価上昇率の刈込平均値、上昇・下落品目比率などの各指標は、足もとで軒並み悪化している。そのため、予想物価上昇率が高まっているということを説明するのが難しくなってきたことから、今度は同じ金融緩和効果を高める自然利子率の上昇を、「調整」の理由付けにすることを日本銀行が検討し始めた可能性も考えられなくはない。

政府の政策を評価しながら「調整」実施か

先述の5月10日の講演会テキストで注目されるのは、「政府の成長戦略の推進や企業による生産性向上に向けた取り組みが続くもとで、経済の潜在成長率が高まり、自然利子率が上昇すれば、やはり金融緩和の効果は増すことになります」との記述である。つまり、政府の成長戦略、構造改革が効果を表せば、それが潜在成長率、自然利子率を高めて、ひいては金融緩和効果も高める、と述べている。この議論は全く正しい。

自然利子率の推計は優れて学術的なものであり、金融政策を変更する際の理由付けに直接使うのには馴染まない面もある。しかし、政府の成長戦略、構造改革のおかげで潜在成長率、自然利子率が高まり、金融緩和効果が強化された可能性を指摘して、それを理由に長期金利を上昇させるという「調整」を実現できたのだ、と日本銀行が説明すれば、それは同時に政府の経済政策を持ち上げることにもなる。そうした「調整」が、物価目標が達成されない中での事実上の正常化策に当たると批判されても、あるいはそれによって金融市場に悪影響が及ぶことが仮にあるとしても、政府の経済政策の成功によって実現できた政策であると日本銀行が説明することで、政府からの強い批判を免れることができ、「調整」を進めることがより容易になるだろう。現在注目されている自然利子率の議論は、実際にはこのような使われ方をされていくのではないか。

(注1)「「自然利子率1%」の日銀論文 金融正常化の布石か」、日本経済新聞電子版、2018年5月24日

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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