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ECBの4月政策理事会のAccount-Scrutiny

2018年05月28日

はじめに

ECBによる4月政策理事会の議事要旨(Account)は、メンバーが、域内の経済指標の軟化や通商摩擦の先行きを含む不透明性の高まりを認めつつも、景気拡大のモメンタム維持と物価の目標に向かっての緩やかな加速というシナリオについて、コンセンサスを維持したことを示している。いつものように内容を検討したい。

景気と物価の評価

冒頭の執行部説明において、プラート理事は、足許の景気指標が軟化したことを認めた上で、①昨年後半の高成長からの自然な減速、②一部国での供給制約の顕在化、③通商摩擦の先行き不透明感による企業センチメントの後退といった理由による面が強いとの理解を示した。

さらに、これらは一時的な性格が強いほか、多くの経済指標の水準はなお高いことに加え、良好な金融環境や高水準の個人所得と企業収益、労働市場の改善といったファンダメンタルズは維持されているとして、景気の基調判断を変えない姿勢を示した。また、官民双方の調査機関もこの間に見通しを変えていないことを付言し、こうした見方が広く共有されていることを示唆した。

一方、物価については、コアインフレ率は安定しており、一部国で賃金上昇の加速がみられるが、物価の上昇トレンドが明確化する兆しは見られないとして、緩やかに目標に収斂するとの見方を維持した。この間、インフレ期待は安定していることを付言した。

これに対して政策理事会メンバーは、景気判断の面では執行部の見方を概ね支持し、拡大のモメンタムが維持されているとの理解を維持した。その上で、リスク要因として海外発のショックが取り上げられ、米国の財政政策による効果を含むアップサイドの要素も指摘されたが、通商摩擦の影響というダウンサイドの要素について、直接の関係国だけでなく、それ以外の国も企業のコンフィデンス低下や金融市場の不安定化といった間接的なルートを通じた影響が生ずるとの懸念が示された。

もっとも、ユーロ圏自体に関しては、主要国で拡大のモメンタムが維持されているとの見方が示された。また、足許の景気指標が軟化した理由については、①悪天候による建設や消費の停滞、②一部国での大規模なストライキ、③一部国でのインフルエンザの流行、といった一時的要因が示された。

また、一部のメンバーからはプラート理事が指摘した供給制約に関して、一部の産業での雇用の逼迫や需要のバックログの蓄積を示唆するサーベイ結果が示された。もっとも、他のメンバーからは、経済指標の軟化には需要の停滞を示唆するものも含まれるとの反論がなされた。

物価についても、政策理事会メンバーはプラート理事の理解に概ね同意した。特に総合インフレ率は、主として食料品価格の上昇によって加速しているほか、原油価格が先物価格に沿って推移した場合、2018年全体としてみれば1.5%程度になるとの見方が示された。一方で、工業製品の価格は過去のユーロ高の影響もあって軟化していることも指摘された。

この間、賃金は多くの国で緩やかな加速が続いていることが確認されたほか、一部の国で自営業者の賃金上昇が目立つといった興味深い指摘もなされた。賃金上昇の背景については、多くの国で労働市場がタイト化しているとの指摘がみられる一方、slackの減少や生産性上昇といった要因より、インフレ期待の改善による賃金設定の変化による面が大きいとの見方も示された。

もっとも、こうした賃金上昇から物価上昇への波及に関しては、インフレ期待の安定という要素は維持されているものの、企業がマークアップの圧縮によって物価に転嫁しない可能性も示されるなど慎重な見方も目立った。

金融政策の判断

執行部説明の最後において、プラート理事は、先に見た執行部としての景気や物価の評価に基づき、また、これらに関する先行きのリスクは上下にバランスしているとの見方をもとに、金融政策の現状維持が適当との判断を示した。

また、金融政策に関するコミュニケーションの面では、インフレ率が目標に向かって緩やかに収斂するとの見方の下で、ECBが今後も「慎重さ、忍耐強さ、粘り強さ(prudence、patience、persistence)」を維持しつつ金融緩和を続けるとのメッセージを発信し続けるべきとの考えを強調した。

政策理事会メンバーも、金融政策の現状維持との判断で一致したうえで、広範な賃金上昇やインフレ期待の安定についてポジティブな評価を示した。加えて、Philips curveが非直線的であるとの理解に基づき、今後に供給制約が拡大すればインフレ率が加速するとの期待も示された。

もっとも、政策理事会メンバーが政策運営との関係でインフレに楽観的になった訳ではなく、総じてインフレ圧力が強くない中で、通商摩擦の先行きを含む不確実性の高まりによる影響に留意する見方も示された。

これらの議論を背景に、政策理事会メンバーは、インフレ目標の達成には目処が立っていないとの見方で(一人を除いて)一致した。従って、ECBは「steady hand」で政策運営を続けることが必要であり、資産買入れや政策金利の運営とそれらに関するフォワードガイダンスを維持すべきとの考え方でほぼ一致した。なかでも資産買入れは、インフレ目標への収斂(convergence)、その確信(confidence)、その持続性(resilience)という三つの条件に照らして、今後の運営を決定するとの考え方が確認された。

おわりに

ドラギ総裁が4月の政策理事会直後の記者会見で強調したように、会合のポイントは経済指標の軟化をどう評価するかにあったはずである。ドラギ総裁は全メンバーから意見を聴取したと説明したし、実際、今回の議事要旨には、先に見たように一時的要因の理由を巡る興味深い解釈も示されている。

それでも、執行部説明だけでなく政策理事会メンバーによる議論も含めて、景気や物価の判断を変えないという結論が先にあったかのような印象を与えることは否めない。これは、個々の国に関する議論を明示することに関する、ECBの議事要旨に固有の限界によるのかもしれない。しかし、資産買入れの方針変更という重要局面が近づく中で、コミュニケーションについては、ECB自身が強調するようにより丁寧な対応が求められるはずである。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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