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BOEのカーニー総裁の記者会見-Flexibility

2018年05月11日

はじめに

BOEによる今回(5月)のMPCは年4回の「Super Thursday」のうちの1回であり、MinutesとInflation Reportが同時に公表され、総裁が記者会見を行う回に当たる。前回(2月)、カーニー総裁は、インフレと景気のtrade-offの改善を根拠として、より早いペースでより多くの回数の利上げを行う考えを示したが、今回は金融政策の現状維持を決定した。その理由に関する記者会見での質疑を中心に、BOEによる利上げとコミュニケーションの戦略を検討したい。

景気と物価の見通し

今回のInflation reportに関する詳細な分析は、前回と同じく英国スペシャリストである同僚に任せるとして、本コラムでの検討にとって必要最小限の内容を確認しておきたい。

MPCメンバーによる実質GDP成長率の見通し(median)は、2018~2020年について+1.4%→+1.7%→+1.7%とされ、前回(2月)に比べて、2018年が0.4%ポイント、2019年と2020年が各々0.1%ポイント下方修正された。公表されたMinutesやカーニー総裁の説明によれば、2018年については第1四半期の弱さ(速報値は前期比+0.1%)を反映した結果である一方、それ以降は前回と概ね不変とされている。

この間、MPCメンバーによるCPIインフレ率の見通し(median)は、 2018~2020年について+2.2%→+2.1%→+2.0%とされ、前回(2月)に比べて、2018年が0.2%ポイント、2019年と2020年が各々0.1%ポイント下方修正された。同じくMinutesやカーニー総裁の説明によれば、2018年については過去のポンド下落による輸入インフレ圧力が予想以上の速さで減衰したことを反映した結果である一方、それ以降は輸入インフレに代って国内のインフレ圧力が徐々に高まるとの判断から、実質的に据え置いたとされている。

ただし、こうした説明が少なくとも分かりにくいことは否定できない。例えば、景気見通しを下げたことで需給ギャップの解消により時間を要することになったので、(輸入インフレ圧力が低下した後の)インフレ見通しを引き下げたという説明であれば納得感はあるし、実際、今回の記者会見では、この点に関する質問が少なからず示された。

これに対するカーニー総裁の説明は、英国の潜在成長率(つまり供給側の成長率)は1.5%程度で推移すると予想しているので、実質GDP成長率(つまり需要側の成長率)が、今後3年を通じて新たな見通しの通りに推移すれば、少しずつではあるが需給ギャップのタイト化が進むというものであった。

加えて、既に前回(2月)の記者会見で強調したように、英国の労働力のslackはタイトであるとの判断を加えれば、賃金上昇による国内発のインフレ圧力が徐々に高まっていくという上記の結論が得られる。

加えて、BOEによる説明を分かりにくくしているもう一つの要因は、本年第1四半期の景気鈍化に対する評価である。実際、今回の記者会見では、この点にも多くの質問が示された。

これに対してカーニー総裁とブロードベント副総裁は、第1四半期の経済指標が少なくともmixedであったことは認めた上で、①悪天候が消費や建設に影響を与えた可能性が高い、②広範なデータや企業のヒアリングなども参照するとモメンタムは維持されている、③GDPの速報値は大きく改訂されるケースも少なくない、といった点を挙げて、緩やかな景気拡大の基調は維持されているとの判断を示した。

コミュニケーション

景気や物価の見通しに関する上記のような論点に加えて、本日の記者会見では、金融政策運営のコミュニケーションに関しても活発な議論が行われた。

まず、多くの記者が批判したのは、本コラムの冒頭に触れたように、前回の記者会見ではカーニー総裁が利上げペースの迅速化や(累積的な)利上げ幅の拡大を示唆したにも関わらず、今回は早くも利上げを見送った点であった。

この点についてカーニー総裁は、上記のように足許の景気を除けば、景気や物価の中期的な見通しは前回(2月)と概ね不変であるため、この間の金融政策運営に関する考え方も不変であるという基本線を強調した。

その上で、今回の利上げ見送りについては、より広範な経済指標の公表を待って、第1四半期の経済指標の弱さが一時的であるとの確信を得たいとの考えがMPC内で支配的だったことを示唆した。加えてカーニー総裁は、ポンド下落による輸入物価の上昇圧力が予想より早く減衰した結果、景気と物価のtrade-offが好転したので、利上げ判断に関する柔軟性が高まった-つまり、より余裕を持って判断できるようになった-との点を付言した。

もっとも、こうした説明の後半部分は相応の説得力もあるものの、前半部分は、Minutesやカーニー総裁の説明が第1四半期の景気指標の弱さは一時的との判断を別途示唆していることと整合的でない印象を与えることも否定できない。

この点に関しては、さらにいくつか興味深い論点が取り上げられた。まず、コミュニケーションの相手に関する議論である。つまり、数名の記者が、BOEによる今後の金融政策に関するメッセージが結果的に大きく変化したことが、市場を不必要に不安定化させたとの批判を提示した。

これに対し、カーニー総裁は家計や企業は緩やかな利上げの継続という期待を安定的に維持していると指摘し、深刻な問題ではないとの理解を示唆した。実際、皮肉なことに、第1四半期の実質GDP速報が公表されて以降、市場の利上げ期待は急速に後退していた。ただし、そうであってもBrexitに関する国民投票以来、BOEと市場の見方がしばしば乖離し、度々大きな修正を伴ったことは事実である。

もう一つは、日本人の記者が取り上げたtime horizonに関する論点である。質問はconventional horizonとはどのような期間を指すかというものであり、カーニー総裁はtrade-offが重要であった際には政策効果の発現までの期間をより長めに想定したが、現在は通常の18~24ヶ月を念頭においていると説明した。

カーニー総裁が付言したように、政策変更の結果がこうしたラグを経て実現する以上、例えばインフレ見通しも自ずから目標に収斂するというのが一つの考え方である。この記者の方が意識されていたかどうかは分からないが、日銀によるインフレ目標の達成時期を巡る議論に対してもインプリケーションを有している。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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