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日銀の黒田総裁の記者会見-Abandonment

2018年05月01日

はじめに

日本銀行は、今回の金融政策決定会合(MPM)で金融政策の現状維持を決定した。また、景気見通しを足許を中心に若干上方に修正した一方、物価見通しをやや下方修正した。しかし、今回の記者会見では、むしろ、コミュニケーションの変更が大きな注目を集めることになった。いつものように内容を検討したい。

経済と物価の見通し

「本論」に入る前に、今回改訂された見通しを確認したい。まず、実質GDP成長率の見通しは、2018~2020年度にかけて、+1.6%→+0.8%→+0.8%となった。前回(1月)は2019年度にかけて+1.4%→+0.7%であったので、足許の部分で上方修正された訳である。展望レポート(基本的見解)によれば、最大の理由は海外経済の拡大にあり、外需を通じて国内の設備投資を増加させるメカニズムが想定されている。実際、2019年度に予定される消費税増税の影響の一部を打ち消すとの期待も示されている。

このような景気見通しは、経済成長率が潜在成長率を明確に上回る現状から、潜在成長率へ収束するとみていることを意味する。従って、GDPギャップの好転が継続することでインフレ率も徐々に高まるとの見通しが導かれる。実際、コアCPIインフレ率の見通しは、2018~2020年度にかけて、+1.3%→+1.8%→+1.8%とされ、前回(1月)が2019年度にかけて+1.4%→+1.8%であったのに比べて、わずかな下方修正に止まった。

もっとも、展望レポート(基本的見解)に列挙されたリスク要因の内容には概ね変化がない-表面的には消費税率引上げの問題が加わったが、この点は当然に以前から意識されていたはずである-が、今回のリスクバランスチャートが明示するように、MPMメンバーの間では、景気と物価の双方に関して下方リスクがより強く意識されている。

特に後者に関して、黒田総裁は、GDPギャップの縮小がインフレ率を引き上げる効果について、以前よりも自信が持てなくなっている面があることを記者会見の中で認めた。このことが、MPMとして、2020年度にも潜在成長率近辺で経済が成長すると期待しているにも拘らず、インフレは2019年度から横這い圏内に止まるとみていることに関わっているとみられる。

インフレ目標の達成時期

その上で、今回の記者会見では、ほとんどの質問がインフレ目標の達成時期に関する見通しを、展望レポートから削除したことに集中することになった。

技術的に言えば、見通しの期間(2020年度まで)の中で、しかも上に見た見通しの中央値(median)のみならず、レンジの点でも2%に達しないことになっただけに、達成時期の見通しについては記述のしようがない状況になった訳である。しかし、多くの記者は、今回の削除が少なくとも外部から見て唐突な形で行われただけに、政策運営面で何らかの意図を有するとの見方に立って、様々な質問を提示した。

そのうち一部の記者が示唆したのは、2%のインフレ目標をできるだけ早期に達成するとの考えを後退させ、中長期的な位置づけに変更するものとの理解であった。この点は、上記のように2020年度になっても2%に到達しないというMPM自身の見通しと整合的であるだけでなく、予て市場の一部で示されてきた提案でもある。一方で、一部の記者からは、インフレ目標の位置づけをこのように低下させると、日銀によるインフレ目標達成に対するコミットメントが弱まった印象を与えるとの懸念も示された。さらには、このことが、インフレ目標が(遠い将来ではなく)当面の間に達成されることに対する人々の期待を損なうとの批判も示された。

これらの問題提起に対して、黒田総裁は、インフレ目標の達成時期に対する見通しを削除した最大の理由は、見通しの開示が政策対応に対する思惑を生む事態を避けるためであると説明した。実際、過去には、MPMが見通しを先送りした際に、市場で日銀による追加緩和の思惑が生じたことがあった。黒田総裁は、今回の記者会見の中で、達成時期の見通しと政策運営との関係を断ち切りたいとの意向を再三強調した。

そして、黒田総裁は、「量的質的金融緩和」の導入当初には、「できるだけ早期に」インフレ目標を達成することの具体的な意味合いとして「2年程度」という時間を明示しながら政策を運営していたことを確認した。その上で、現在では、物価がインフレ目標に向けたモメンタムを維持している限り、現状の金融緩和を維持する考え方で政策を運営していることを説明した。

その一方で黒田総裁は、インフレ目標の達成時期に関する見通しに言及しなくなったことは、インフレ目標の達成に向けた日銀としてのコミットメントに何らの影響を与えないことも再三強調した。

筆者は今回も日経CNBCの特番の解説者として、記者会見の映像をライブで拝見したが、参加していた記者の受け止め方は(少なくとも記者会見の時点では)様々に分かれた印象を受けた。

つまり、一部の記者は、当面の間にインフレ目標を達成することについてMPMとして自信を失ったことが、今回の削除の本当の理由ではないかと理解したようだ。もしそうだとすると、具体的な政策運営に対する意味合いは決して小さくない。なぜなら、先に見たように日銀が景気の原動力として期待する海外景気も2020年度には減速が見込まれるだけに、今回の景気拡大局面の間にはインフレ目標を達成できないことに繋がるからである。

他方で、一部の記者は、短期的なインフレ見通しによって政策運営が振り回される事態を回避し、金融政策の柔軟性を確保したいというMPMの意向が、今回の削除の意図ではないかと受け止めたようだ。こうした理解は、上に見た黒田総裁の説明と整合的な面があるだけでなく、近年の実際の政策運営-つまり、インフレ目標の達成時期に関する見通しを先送りしつつ、金融緩和の現状維持を繰り返したこと-とも整合的である。

もっとも、記者会見で比較的多くの記者が指摘したように、「なぜ今回」だったのかという疑問は残る。実際、国内に限らず海外の市場関係者の間でも、達成時期の見通しの先送りも追加緩和に直結する訳でないとの理解は-納得しているかどうかは別として-最近では共有されていたように見える。

もしかすると、今回の削除によるコミュニケーションの変更も、日本経済がよほどの新たなショックに見舞われない限りは現在の政策運営を維持するという考え方を、市場を含む外部の経済主体に示すだけでなく、MPMの内部に対して確認する意味合いも有しているのかもしれない。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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