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ECBのドラギ総裁の記者会見-Cautious but …

2018年04月27日

はじめに

ECBによる金融政策の「正常化」に関して、市場は次の焦点として既に次回(6月)の政策理事会に注目しており、その意味では今回の政策理事会の重要度は相対的に高くなかった。それでも、ドラギ総裁は今回の会合で今後の「正常化」を考える上で重要な点を確認したと述べた。その具体的内容や意味合いを中心に、いつものように記者会見を振り返りたい。

景気指標の鈍化とその意味合い

その重要な点とは、ずばり、ユーロ圏の経済指標が年初来減速していることをどう解釈するかということである。ドラギ総裁は、記者の質問に答える形で、今回の政策理事会では金融政策の運営自体に関しては一切議論しなかった一方、この点についてはすべての参加者に自国の状況について報告を求め、それをもとに議論したと説明した。

まず、ドラギ総裁は、景気指標の鈍化がセンチメントや先行き予想といった「ソフト」な指標に止まらず、PMIのような「ハード」な指標にもみられることを指摘するとともに、欧州委員会のセンチメント指標にみられるように業種の広がりも持つ点を説明した。また、今回の政策理事会では、域内全ての国で何らかの形で景気指標の鈍化が確認されたと付言した。

その上で、ドラギ総裁は、今回の政策理事会における議論の結果、①指標が鈍化したといっても、殆どは依然として高水準であること、②ユーロ圏の実質GDP成長率は昨年の4四半期を通じて(潜在成長率に比べて)極めて高く、normalなペースに減速するのはむしろ自然であること、の2点を理由として、少なくとも現時点で景気や物価の見通しを大きく変えるものではないと判断したことを説明した。

もっとも、ドラギ総裁も、景気指標が減速した直接の要因に関しては、悪天候やストライキといった要素が指摘されたが、必ずしも判然としない面もあることを認めたほか、特に企業の需要や受注残が弱い点を含め、全てを一時的要因で片付けることにも無理があるとして、今後も慎重にみていく必要があるという認識も併せて示した。

これに対して数名の記者は通商摩擦の問題を取り上げ、この点に関する不透明性がドイツを含む主要国での企業センチメントの悪化の主因であると主張し、ECBは今後の政策運営に際してこうした要素を取り込むべきと指摘した。これに対しドラギ総裁は、少なくとも現時点での通商摩擦は当事者の双方がrhetoricを交わしている段階にあるとの理解を示しつつ、もちろん、今後に関税の引上げや輸入制限に関する具体的なアクションが取られた場合には、その影響を考慮する必要があるとの考えを示した。

冒頭に述べたように、ドラギ総裁は今回の政策理事会で金融政策の運営自体について一切議論していないと説明したのに対しても、一部の記者からは、次回(6月)の政策理事会で重要な決定を行うとされる以上、それに向けた議論がなかったのは驚きであるとの批判を行った。

この点に関するドラギ総裁の回答は、年初来の景気指標の鈍化が一時的と言えるのか、それとも継続的なものなのかは、今後の政策運営にとって重要であり、だからこそ今回はこれに集中して議論したというものであった。つまり、ECBにとっては、「正常化」を本格的に開始する上で、年初来の景気指標の鈍化が意外に大きな論点となっていたことが推察される。

なお、ある記者はクーレ理事による最近の講演を捉え、ECBとしてユーロ圏経済の潜在成長率が改善したと見ているかどうかを質した。これはおそらく、上記の議論とは逆に、昨年中のような高成長がある程度継続した以上、潜在成長率の推計も引き上げることが合理的という観点からの質問であったとみられる。ドラギ総裁は、ECBとしてそうした判断を下していないとしつつも、総需要の増加が(設備投資や雇用の増加を通じて)供給力の増加に転ずることはありうるとし、そうした場合には自然利子率も上昇するはずとの期待を示した。この点は最近流行している、次の景気後退の際の政策対応余力との関係でも興味深い点である。

長い目でみたECBの政策課題

実は、今回の政策理事会はコンスタンシオ副総裁にとって、任期満了前の最後の会合であった。このため、数名の記者がコンスタンシオ副総裁を回答者に指名した上で質問を行ったが、それらは儀礼的でなく、内容を伴うものであった点が興味深かった。

ある記者は、金融危機後に変質した金融政策の運営が将来にわたって維持されるかどうかを質した。これに対しコンスタンシオ副総裁は、「非伝統的金融政策」はもはや中央銀行のtoolkitの中に含まれるようになったと述べるとともに、危機前のように、小さなバランスシートの下でもっぱらO/Nの政策金利の調整に依存するスタイルに回帰する可能性は低いとの考えを示した。

その理由としてコンスタンシオ副総裁は、ユーロ圏の金融システムの構造が顕著に変化した点を挙げ、例えば、2007年には非金融企業の負債に占める銀行借入れが61%であったのが、10年後の昨年には45%まで低下し、エクイティファイナンスを加味すると銀行借入れのウエイトはさらに顕著に低下したと説明した。

その上でコンスタンシオ副総裁は、こうした金融システムの下で金融政策の効果を適切に波及させるためには、従来のようにO/N金利だけを調節するのでなく、より多様な金利に同時に働きかけることが必要になっているとの考えを示した。

また、コンスタンシオ副総裁の担当分野である金融システム安定に関しては、一部の記者が、金融機関による不良債権処理に対する評価を求めたほか、金融政策の正常化に伴って生ずる金融システムへのストレスにどのように対処すべきかを質した。

コンスタンシオ副総裁は、前者の点に関してはユーロ圏全体としては着実に前進しているが、一部に処理に時間を要している国が残ることは認めた。その上で、銀行システム全体としては頑健性が向上しているほか、ECBによるマクロプルーデンスも機能しているとして、金融システム安定の維持に自信を示した。後者の点に関しては、個別銀行の健全性向上に加えて、銀行同盟の進化を通じたセーフティネットの強化や資本市場同盟の推進を通じた金融仲介機能の強化が求められるとした。

記者会見の最後には、ドラギ総裁がコンスタンシオ氏のECBに対する長年(政策理事会メンバーとして18年、副総裁として7年超)の貢献を称えて謝辞を述べた。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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