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ECBのドラギ総裁の記者会見-Counterbalance

2018年03月09日

はじめに

今回(3月)の政策理事会は、ECBの政策運営に関する声明文のうち、資産買入れの緩和バイアス(事態が悪化したら、増加する用意がある点を明言)を削除した。欧州メディアが一般読者のために内容を解説する必要があるほどに技術的な変更ではあるが、ECBにとっては、今後の資産買入れの停止とそれに続く利上げに向けた重要なステップである。

景気と物価の見通し

政策判断に関する議論に入る前に、その前提としての経済情勢判断と、今回改訂されたスタッフ見通しの内容をみておきたい。

声明文は、景気拡大の力強さと幅広さを確認した上で、足許のモメンタムによって経済成長が予想以上に加速する可能性を指摘している。その内容については、雇用と資産価値の拡大に支えられた消費と良好な金融環境や企業収益に支えられた設備投資の堅調さとともに、世界景気の拡大による輸出の拡大を挙げた。

実際、実質GDP成長率に関する今回(3月)のスタッフ見通しは、2018~20年にかけて+2.4%→+1.9%→+1.7%となり、前回に比べて2018年(前回<12月>は+2.3%)がわずかながら上方修正された。また、声明文では先行きのリスクが上下にバランスしているとの判断を維持し、下方リスクは主として海外にあるとした。

物価について声明文は、足許での総合インフレ率の減速は食料品価格の水準効果の剥落によるとした上で、原油先物の価格を前提とすれば、今年は1.5%前後で推移するとの見方を示した。この間、基調的インフレ率は抑制的であるとしつつも、金融緩和の下でslackが吸収され、賃金が上昇することで、中期的には緩やかに加速するとの見方を維持した。

HICPインフレ率に関する今回(3月)のスタッフ見通しは、同じく2018~2020年にかけて+1.4%→+1.4%→+1.7%となり、前回に比べて2019年(前回<12月>は+1.5%)がわずかに下方修正された。なお、2019年に関する主な前提を今回(3月)と前回(12月)で比較すると、原油相場が約4%上方修正された一方、ユーロドル相場は約6%の上方修正となっている。

このように、ECBの政策理事会やスタッフは景気や物価の判断を顕著に上方修正した訳ではない。ただし、ユーロ圏経済は既に潜在成長率(欧州委員会による現在の推計は1.5%)を大きく超えるペースで拡大し、その結果、実際の失業率が構造失業率に接近する国が増えるなど良好な状況にあり、しかもユーロ圏自身には顕著な下方リスクが存在しないとの見方を確認した訳である。

金融政策の判断

その上で今回(3月)の政策理事会は、冒頭に見たように資産買入れの緩和バイアスを声明文から除去した。市場の事前予想が分かれていたこともあり、記者会見ではその理由を改めて問う質問が目立った。

ドラギ総裁は、今回の決定が全会一致であったと説明した上で、先行きの経済見通しに関するvarianceが収斂したため、資産買入れの増額を発動する可能性が低くなったとの判断に基づき、こうした可能性に関する記述をなくしたとの説明を行った。同時に、こうした記述は、資産買入れの規模を月額800億ユーロ増から同600億ユーロ増に引き下げた際(2017年3月に決定)に導入されて以降、今回まで維持されてきた点を指摘し、あくまでもcontingentな位置づけであった点を確認した。

ドラギ総裁によるこうした説明は合理的であるが、会見に出席した記者がこうした回答を引き出したのは、実は記者会見の中盤に至ってからであった。それまでドラギ総裁は、緩和バイアスの削除を巡る少なからぬ質問に対しても、政策理事会としてこれ以外のフォワードガイダンス(①本年10月以降の資産買入れの可能性、②資産買入れ停止後の利上げまでの時間確保、③ストックとしての資産買入れの維持)を残した点を強調した。

さらに、ドラギ総裁は②の重要性を指摘するとともに、③もESCBによる国債保有額が大きくなった現在では、買入れ自体(フロー)に対し相対的な重要性が大きくなったとして、ECBの金融緩和が維持されることを説明しつつ、今回の声明文の変更は政策理事会によるreaction functionの変更ではないと強調した。

これに対し一部の記者は、今回の政策理事会で上記のようなフォワードガイダンスの変更も議論されたかどうかを質した。これに対しドラギ総裁は、実際に検討が行われたことを認めた上で、政策理事会メンバーの間では、景気拡大とインフレの緩やかな加速に対するconfidenceの点では意見が一致した一方、slackの不透明性や基調的インフレの低さなどの理由で、金融緩和のpersistenceについては意見が分かれたと説明した。

このように、資産買入れの緩和バイアスを削除しつつも、ドラギ総裁が金融緩和が継続している事実を強調したのも、単純に政策理事会の議論を反映した面があることは事実であろう。その一方でドラギ総裁は、例えば昨年10月に本年1月からの資産買入れ削減を決定した際にも、資産買入れがopenendであるかのような説明を行い、市場の反応を結果的に抑制した経緯がある。

このため、今回の記者会見でも、ドラギ総裁が緩和バイアスの意味を過小評価しているとの批判的なコメントが聞かれた他、欧州市場では緩和バイアスの削除とドラギ総裁のdovishなコメントで「バランスを取る」はずといった見方も少なくなかった。「正常化」に向けたコミュニケーション政策でのドラギマジックも徐々に難しくなってきたようだ。

米国の経済政策

トランプ政権による鉄鋼やアルミへの輸入関税を巡って、欧州を巻き込む形で緊張感が高まっているだけに、今回の記者会見でもこの点に関する質問が少なからず提示された。

その多くはユーロ圏の景気に対する下方リスクとなる懸念を示したのに対し、ドラギ総裁は、景気との関係では、①報復合戦になるかどうか、②為替レートにどう影響するか、③家計や企業のコンフィデンスにどう影響するか、といった点に注目すると説明した。その上で、通商問題は二国間でなく多国間の枠組みで対処すべきとの考えを示した。

もっとも、ドラギ総裁にとっては、米国の経済政策のうち金融規制の緩和も劣らず重要な懸念材料であるようだ。つまり、今回の金融危機は緩和的な金融環境と不適切な規制の組み合わせによって生じたとの理解を示し、現在も前者の条件を備えているだけに、ここで規制緩和を進めれば再び同じ道を辿ると警告した。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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