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貿易戦争の様相と市場の警鐘を無視したトランプ政権

2018年03月05日

米国は鉄鋼、アルミ輸入製品に関税

トランプ大統領は3月1日、米国に輸入される鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の関税を課す方針を表明した。その後ロス米商務長官は、これを「非常に幅広い構想だ」と述べたことから、すべての国にこの関税が適用される可能性が高まっている。

これは、輸入制限は安保上の脅威を理由に一方的な対抗措置を取ることができると定めた、米通商拡大法232条に基づく措置である。しかし安全保障上の脅威というのは建前であり、実体は中国製品を主なターゲットに輸入制限を実施することで、貿易赤字全体の縮小を図る一方、関連する米国メーカーの要求に応えるものである。さらにそうした政策の背景には、下院での共和党の劣勢が見込まれている中間選挙を有利にするための、ポピュリズム的な政策理念がある。

米商務省によると、2017年(1~10月)に米国が輸入した鉄鋼の金額は、カナダ、ブラジル、韓国の順となっており、日本は7位、中国は11位であった。しかし中国は他国を迂回した米国への輸出が多いとの判断から、中国製品を主なターゲットにしつつも、すべての国に対して一律の関税を課す方針へと米政府は傾いているのである。

日本も強い懸念を表明

しかしその結果、米国での輸入措置の方針は、中国以外の多くの国、地域からも強い反発を得るに至っている。世界貿易機関(WTO)のアゼベド事務局長は2日、米政府の鉄鋼などの輸入制限の発動方針について「明確な懸念」と表明した。

中国外務省は2日の会見で、「国際貿易秩序に重大な影響を引き起こす」と強い懸念を表明した。また中国商務省は対抗措置を示唆している。中国での報道は、「米国産の農産品がまず標的になる」とし、輸入大豆などへの高関税で対米報復措置が発動されるとの見方を示している。さらに中国では3月5日に、年に1度の全国人民代表大会(全人代)が開幕する。習氏の権力基盤を一層強固にすることを狙うこのタイミングで、米国側の措置に弱腰の姿勢は見せられないという事情もある。

日本では世耕経済産業相が3日に、ロス米商務長官と電話協議し、鉄鋼とアルミニウムの関税を引き上げる方針に強い懸念を伝え、「日本の鉄鋼は日本企業や米企業にも不可欠で、米雇用にも影響する」と訴えたという。

貿易戦争の様相

欧州連合(EU)は、トランプ米大統領が鉄鋼・アルミニウムの輸入制限を発動する署名をすれば、28億ユーロ規模の米輸入製品に対する報復措置に動く方針を示している。鉄鋼製品に加え、鉄鋼以外の工業品、農産品の3分野で、25%程度の輸入関税を課すことが検討されているという。報道によれば、ユンケル欧州委員長は、「米ハーレー・ダビッドソンやバーボン、リーバイスのジーンズに関税をかける準備を進めている」と語ったという。

これに対してトランプ大統領は、EUが報復関税で対抗するなら「EUから輸入される自動車に税金を課すだけだ」とツイッターに投稿し、さらに「貿易戦争でも結構だ。簡単に勝てる」として、輸入制限の発動方針は撤回しない考えを明らかにした。ここにきて、米国と他国との間での貿易戦争に発展する様相が強まっている。

WTOへの提訴の可能性も

他方で、EU、日本などを中心に主要国が共同して、米国の輸入制限措置をWTOに提訴する可能性も考えられる。WTOのルールは、安全保障を理由にした貿易制限を認めているが、今回の措置はそれに当たらないとの見方が、加盟国内では多いと見られる。

米国と主要国が報復的に関税をかけあう泥仕合へと陥るよりも、WTO提訴の方が、国際秩序に乗っ取った理性的な行動と言えるだろう。その結果、一気に貿易戦争の様相は強まらない可能性がある。

しかし主要国が共同でWTOに提訴した場合に、米政府がそれに反発してWTO離脱に踏み切る可能性も否定できない。その場合には、米国第一主義、米国孤立主義がより際立ち、通商以外の分野にもその傾向を広めるきっかけとなってしまうことも懸念されるところだ。もちろん、WTO提訴を受けて米政府が鉄鋼・アルミニウムの輸入制限を見合わせれば、事態は収束に向かうが、そこまで楽観的に考えることは現時点ではできないだろう。

トランプ政権は、金融市場の警鐘を無視したのか

先月から米国で生じている長期金利上昇、株価下落の背景として、足もとでの賃金・インフレ懸念が注目されているが、それ以上に重要なのは、トランプ政権の経済政策に対する金融市場の警鐘という側面である。米国経済は既に需給ひっ迫傾向を徐々に強める中で、過去最大の大型減税に加えて、大型インフラ投資を重ねて実施することは、景気対策として必要でないばかりか、供給制約や中長期的なインフレリスクを生じさせるなど、経済を不安定にさせてしまう。さらにトランプ政権は、貿易赤字の縮小を目指しているが、こうした拡張的な税・財政政策は、確実に貿易赤字を拡大させてしまうという矛盾を孕んでいる。それは、ドルの信認を損ねる、「双子の赤字」の問題を深刻化させるだろう。また輸入制限、関税引き上げなどの保護主義的な通商政策は、やはり中長期的なインフレリスクを高めてしまう。

金融市場との相乗作用で世界経済に赤信号も

各国が自国の利害を優先して、保護主義的な通商政策を強めることによって、いわば合成の誤謬のような形で世界経済が委縮してしまうことは、世界恐慌をきっかけに1930年代初頭にかけて実際に経験されたところだ。しかし現在の米国での拡張的な税・財政政策や保護主義的な通商政策は、経済が良好な中で実施されている点が大きく異なる。この面から、こうした政策は、経済環境が生じさせたというよりも、政策理念的な側面に基づいているというのが歴史的な観点からも大きな特徴なのではないか。

当初はトランプ政権の経済政策に対する不信感という金融市場の警鐘との側面も帯びて生じた、足もとでの経済・金融情勢の動揺は、トランプ政権がこの市場の警鐘を無視して、実際の保護主義的な通商政策により傾いたことによって、米国及び世界の経済問題としてさらに発展する様相を見せている。その悪影響を金融市場がさらに懸念して金利上昇、株価下落が進み、それが実体経済に明確な悪影響を与える場合には、金融市場と実体経済との間で悪循環が生じてしまう。そうなれば、好調を維持してきた世界経済が、俄かに変調をきたす可能性も覚悟しておく必要があろう。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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