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米財務省証券市場のパズル(謎)

2018年01月11日

インフレ期待上昇とボラティリティ低下のパズル

本コラムのタイトルを「米財務省証券市場のパズル(謎)」としたが、以下で議論したいのは、最近注目を集めている、米国財務省証券市場でのイールドカーブのフラット化、あるいは一部逆イールド化のことではない。ここでパズルとしているのは、米国財務省証券市場でインフレ期待が高まる一方で、ボラティリティ(価格変動率)が大幅な低下傾向を辿っていることを指している。

幾つかの国では、インフレ連動国債利回りと通常の国債利回りの差から、市場が織り込んでいるインフレ期待を逆算することが、しばしばなされる。その差は、BER(ブレーク・イーブン・レート)とも呼ばれる。米国では(インフレ期待を除く)実質利回りを意味する10年インフレ連動債利回りが概ね横ばいで推移する中、10年米財務省証券利回りが上昇傾向にあり、両者の格差が広がっている。この両者の格差こそ、市場が織り込んでいる10年間の平均インフレ率の見通しなのであるが、それが今年に入って米連邦準備制度理事会(FRB)の物価目標である2%の節目を超えた。これは、昨年3月以来のことである。

10年米財務省証券のボラティリティは半世紀ぶりの低水準

他方で、10年米財務省証券のボラティリティは、1960年代以来半世紀ぶりの歴史的低水準にある(注1)。通常、インフレ期待が高まる局面では、金融政策や景気情勢も含めて先行きの不確実性は高まり、市場のボラティリティは高まるのが自然なように思える。この点から、現在の10年財務省証券のボラティリティの歴史的な低下はパズルと映るのである。

昨年末以降BERが上昇し、市場のインフレ期待が高まっていることが示唆されている背景には、今年から導入された減税策の景気刺激効果の影響を指摘する向きもある。減税は2018年の米国の成長率を最大0.5%程度押し上げるとの見方が多い。しかし、実質成長率の上昇の可能性を市場が織り込む際には、実質利回りに一定程度反映されても良さそうなところであるが、実際には実質利回りを意味するインフレ連動債利回りは、概ね横ばいで推移しているのである。

インフレ連動債は原油価格の動きに敏感に反応

減税以上にBERの上昇に貢献していると見られるのが、原油価格の上昇であろう。足もとでの原油価格上昇が、向こう10年のインフレ見通しの平均値を高めると考えるのは、必ずしも合理的でない。原油価格は変動が激しい点に加えて、その上昇は景気に悪影響を与え、むしろ先行きのインフレ率を押し下げる可能性さえあるためだ。

しかし、過去数年間のBERの動きを見ると、原油価格の短期的な動きに強く影響を受けてきたことが分かる。これは米国に限ることではなく、日本についても同様である。その背景は明らかではないが、原油とインフレ連動債との間で活発に裁定取引を行う、一部投資家の行動の影響であるかもしれない。実際に、原油価格上昇がBERの上昇をもたらすという傾向がひとたび市場に定着すれば、それが合理的であるかどうかは別にして、原油価格上昇時に真っ先にインフレ連動債を買入れる動きが広がり、それが双方の連動性をより強めることになっていると考えられる。

2段階で進むリスクテイクと過熱

米財務省証券10年利回りのボラティリティが歴史的な低水準にあることは、投資家のリスクテイクが進み、利回りが過度に低下している過熱のサインと考えられるだろう。さらにそれ以上にインフレ連動債への投資でリスクテイクが進み過熱している。このように、2段階でのリスクテイクが、財務省証券利回りとインフレ連動債利回りとの差であるBERの上昇をもたらしているとするならば、それは財務省証券10年利回りのボラティリティが歴史的な低水準にあることとは、矛盾しないだろう。これが「米財務省証券市場のパズル」の背景なのではないか。

そうであれば、心配すべきなのは財務省証券市場、そしてそれ以上にインフレ連動債市場の過熱リスクである。


(注1)"Warning signs emerge for the US Treasury market", Financial Times, January 8, 2018

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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