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日銀の黒田総裁の記者会見-All about the YCC

2017年12月22日

はじめに

日銀の金融政策決定会合は、金融政策の現状維持を決定した。その後の黒田総裁の定例会見では、イールドカーブ・コントロール(YCC)の下での目標金利の修正可能性に関する質疑が多くの時間を占める結果になった。ただ、前回会合以降の黒田総裁や中曽副総裁によるコミュニケーションを考えると、少なくとも国内の市場関係者にとっては、そうした展開も驚きではないであろう。

低金利の副作用に関する議論

興味深いことに、今回の記者会見では、低金利の副作用のうちで地域金融機関への影響を取り上げる質問が目立った。実際、日銀による金融システムレポート(FSR)の最新号は地域金融機関の低収益性がもつ意味合いを論じている。

黒田総裁は、低金利環境が金融機関の低収益性に繋がることについて、「リバーサルレート」の議論を含めて理論的可能性としては認めた。しかし、地域金融機関を含むわが国の銀行については、収益や自己資本の面でこうした懸念は存在しないと反論した。加えて、わが国の金融機関はむしろ貸出姿勢を積極化させており、この点でも「リバーサルレート」の議論に基づくインプリケーションとは異なることを指摘した。

さらに黒田総裁は、上記のFSRの議論に言及しつつ、わが国の地域金融機関はより構造的な問題を抱えているとの見方を強調した。つまり、地域金融機関はビジネスモデルの多様性を欠いており、人口動態が急速に変化する中で店舗や人員の過剰能力を抱えるに至ったとの理解を示した。そして黒田総裁は、これらの結果として地域金融機関同士の過当競争が生じていることが、全体としての低収益性を招いていると説明した。

こうした主張は、FSRに示された客観的事実などに照らして合理的であり説得力を有するが、地域金融機関の低収益性に関してはopen issueも残っているように思われる。

第一に、国際機関や欧州当局によるいわゆる「low for long」の議論が示唆するように、過度な低金利環境による金融仲介への影響は、時間の経過と共に累積的に効果を及ぼす可能性が残る。だとすれば、現時点では深刻な懸念でないとしても、金融緩和の副作用がいずれは政策効果とのバランスを失うことも考えられる。

第二に、地域金融機関へのこうした影響がsystemicな意味合いを持つかどうかについては、上記のような「low for long 」の議論 も含めて、現時点ではコンセンサスが存在しないように思われる。実際、筆者が先般の「きさらぎ会」で黒田総裁に伺った質問の趣旨はこの点にあった。

つまり、収益性の低下した金融機関が経営統合を含めて秩序立った形で退出し、生き残った金融機関ないし新規参入者が金融仲介機能を円滑に代替する可能性は存在する。一方で、金融仲介機能が一斉に低下すれば、金融システムだけでなく実体経済にも影響を与えうることになる。しかも、いずれの結果を招くかは、金融監督の枠組みや運用に依存する面も大きいであろう。

目標金利の柔軟性

今回の記者会見では、上記のような低金利の副作用に関する質疑のいわばフォローアップとして、比較的多くの記者がYCCの枠組みの下での目標金利を見直す可能性や条件を取り上げた。これに対し、黒田総裁は、経済、物価、金融の三つの要素に照らして、現在の目標金利は最適であると回答するとともに、現時点で見直しを行う必要性を明確に否定した。

このような黒田総裁の回答は、もちろん、上にみた副作用論に対する反論と整合的であり、もっともでもある。ただし、前回のMPM(10月)以降の黒田総裁の発言に照らした場合、ややトーンが変化した印象を受けた方もおられるかもしれない。

今回の記者会見ではこの点を取り上げる質問はなかっただけに、トーンの変化があったとしても、その理由は明らかでない。この点に関しては、黒田総裁だけでなく中曽副総裁もこの間に副作用に言及した事実がある一方で、この段階で金融政策の「正常化」論が市場で台頭することは、物価目標の達成を困難にする意味で、日銀にとって好ましくないことにも留意する必要があろう。

こうした点を踏まえると、少なくとも現時点では、YCCについて何らかの見直しを行うとしても、目標金利をone-offで調整することが最大限ではないかとの見方も成り立つ。また、そうした調整であれば、副作用を抑制することで、その後の金融緩和自体をむしろサステナブルにするとの位置づけも不可能ではない。いずれにせよ、日銀によるYCCの運営に関するコミュニケーションは、極めて微妙なバランスの上にあるように見える。

その上で、今回の会見で黒田総裁は、YCCの下での目標金利の柔軟性について指摘していたことにも注意する必要があろう。YCCの導入に繋がった「総括的検証」の際に日銀が「均衡イールドカーブ」に言及していた点を取り上げた質問に対し、黒田総裁は、目標金利の適切さは経済、物価、金融の三要素に照らして毎回のMPMでチェックする仕組みであることを確認した。そして、将来に向かっては、物価目標の達成との関係で目標金利を引き下げる可能性と引き上げる可能性の双方が残っていることを強調した。

反対票の意味合い

公表された声明文によれば、今回のMPMでも片岡審議委員は反対票を投じたようだ。具体的には、声明文の脚注によると、①物価目標の早期達成を目指し、長期金利を抑制するため国債買入れを増やすべき、②物価が自律的に目標へ向かっているとの評価は適切でない、③国内要因によって物価目標の達成時期が後ずれする場合には、追加緩和を行うとのコミットメントを加えるべき、といった主張をされたようだ。

不思議なことに、今回の会見では片岡審議委員の反対票に関する質疑がなかったこともあり、これらの反対意見の詳細な理由については、今回のMPMに関する「主な意見」や議事要旨の公表まで手がかりが存在しない。ただ、これらによる大きなメッセージは、物価目標の到達になお距離が存在する以上、日銀は最大限の努力をすべきというものであり、前回(10月)のMPMにおける反対意見とも整合的である。

もちろん、上に見たような低金利政策の副作用を重視すれば、こうした反対票に同意することは難しい。ただ、片岡審議委員が言及したように、2019年度の経済のリスクを考慮すると、できるだけ早期に物価目標を達成する方が良いという主張自体は、一定の説得力を有している。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

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