1. HOME
  2. ナレッジ&インサイト
  3. 研究員の時事解説
  4. 井上哲也のReview on Central Banking
  5. ECBのドラギ総裁の記者会見-Right direction

ECBのドラギ総裁の記者会見-Right direction

2017年12月15日

はじめに

ECBは、前回(10月)の政策理事会で来年初以降の資産買入れの減額という重要な決定を下しただけに、今回は、事前の予想通りに政策判断を据え置いた。ただ、今回の会合に提示されたECBスタッフによる経済見通しには、景気と物価の双方の面で改訂が加えられた結果、会見では多くの記者がその意味合いを取り上げることになった。いつものように内容を検討したい。

経済見通しと政策運営への意味合い

今回のECBのスタッフによる実質GDP成長率の見通しは、前回(9月)に比べて、近い将来の部分を大きく上方修正したことが目立つ。つまり、新たな見通しは2018~2020年にかけて+2.3%→+1.9%→+1.7%となり、前回(9月)の2018~2019年にかけての見通し(+1.8%→+1.7%)に比べて、2018年が大きく引き上げられたほか、2019年も上方修正された。

ちなみに、欧州委員会は今回(11月)の経済見通しで、ユーロ圏の潜在成長率を+1.5%へと上方修正したが、今回のECBスタッフによる景気見通しは、ユーロ圏経済が改善しつつある潜在成長率をさらに上回るペースで拡大し続けると予測していることを意味する。

この点に関しドラギ総裁は、冒頭説明だけでなく記者の質問に対する回答の機会も含めて、ユーロ圏の景気拡大がより自律的で広がりを持ち、持続力を増した点について、以前よりも強い自信をもっていることを強調した。また、先行きのリスクバランスについても、内需に関しては上方に傾いており、海外経済の先行きのリスクを考慮しても、全体として中立的との評価を示した。

一方、今回のECBスタッフによるHICPインフレ率の見通しも、前回(9月)に比べて足許の部分を上方修正した。つまり、新たな見通しは2018年~2020年にかけて+1.4%→+1.5%→+1.7%とされ、前回(9月)の2018~2019年の見通し(+1.2%→+1.5%)に比べて、2018年が上方修正された。

もっとも、ドラギ総裁は上方修正が主としてエネルギーや食料品の価格によると説明した。加えて、景気が一段と力強く拡大するにも関わらず、特に賃金の反応が弱く、従って基調的インフレが緩やかにしか加速しない状況が続くとの見方を示した。

この点に関して今回の会見では、ユーロ圏経済が潜在成長率を上回るペースで拡大して2020年に至っても、インフレ率が目標に到達しないとの見通しに着目し、来年初以降の資産買入れの縮小という政策判断の妥当性を改めて質す向きが目立った。

これに対しドラギ総裁は、デフレのリスクが消滅しただけでなく、0%台といった低インフレのリスクも大きく後退した点を強調したほか、インフレが目標に向かって改善を続ける動き自体には、以前よりも自信が持てるようになったと主張した。

その一方でドラギ総裁は、インフレの改善には緩和的な金融環境の維持が依然として必要であると指摘し、来年初以降は資産買入れのペースを減らすものの、政策金利、資産買入れ、保有資産の再投資の各々に係るフォワードガイダンスの維持を通じて、ECBは緩和的な政策運営を続けるとの考えを確認した。

ただし、上記のように多くの記者が繰り返し2020年のインフレ見通しを取り上げたことを考えると、少なくとも今回の会見ではドラギ総裁のこうした説明も必ずしも納得感を獲得できず、むしろECBが金融政策の「正常化」に踏み出した妥当性を改めて考え直す雰囲気が感じられた。

資産買入れの運営

今回の会見でもう一つ質問が集中したのは、来年10月からの資産買入れの運営についての考え方である。前回(10月)の政策理事会で決定した来年初からの資産買入れの減額が実現していない段階からこの点が注目されることは奇妙な印象を与えるかもしれないが、これには相応の理由もある。

第一に、前回(10月)の政策理事会以降、クーレ理事やプラート理事といったECBの「執行部」側にいる高官から、来年10月からは資産買入れを停止する可能性を示唆する発言がみられたからである。そして第二には、こうした発言が、先に見たECBによる資産買入れに関するフォワードガイダンスと必ずしも整合的でないように見えるからである。

この点に関してドラギ総裁は、来年10月からの資産買入れの運営については、今回の政策理事会では全く議論していないと説明した。また、今後にこの点を検討していく際のポイントについても、インフレが目標に向かって自律的で持続的に推移することが確認しうるか否かに尽きるという基本線を指摘するに止め、具体的な議論を避けた。

ただし、ドラギ総裁がこのように慎重なコミュニケーションを続けたとしても、景気拡大が力強さを増せば尚更に、政策理事会メンバーが来年10月からの資産買入れについて様々な意見を表明すること自体は避けがたいように思える。

このほか、今回の会見では、ECBが金融政策の「正常化」をこれだけ慎重に進めることの副作用に関する質問も散見された。このうち、緩和的な金融環境の継続が資産価格インフレを招き、金融システムの安定を損なうとの懸念に対しては、ドラギ総裁は効率性や効果の観点からマクロ・プルーデンス政策で対応すべきと整理した。

もっとも、このままでは次の景気後退に対して有効な政策手段を確保できないとの懸念に対しては、ドラギ総裁も、既に見たように当面の景気には自信を持っているとしつつも、重要な課題であることは認め、だからこそ、構造改革による経済成長率の底上げや、財政健全化による財政政策の発動余地(fiscal space)の確保が重要になるとの考えを確認した。

おわりに

ユーロ圏経済も、少なくともこれまでは、景気が力強く拡大してもインフレ目標の達成が逃げ水のように遠ざかる状況が続いている。しかも、この間のインフレを加速させているのは、ドラギ総裁が認めたようにエネルギーと食料品の価格といった持続性や自律性の必ずしも高くない要因である。

ECBが金融政策の「正常化」を円滑に進めていく上では、インフレが目標に向かって推移する蓋然性との関連で、失業率の低下に対する賃金上昇がなぜ抑制的なのかについて、市場との間で適切な理解を共有することが重要になっている。その意味では、昨日FOMCを開催したFRBと同じ宿題を抱えている訳である。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

この執筆者の他の記事

井上哲也の他の記事一覧

このページを見た人はこんなページも見ています