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金融政策正常化のサインか?

2017年11月20日

注目された総裁発言

11月13日にスイス・チューリヒ大学で行われた、日本銀行・黒田総裁の講演会での発言が金融市場で注目されている。これが、日本銀行が従来の金融政策がもたらす副作用をより重視し始め、金融政策の正常化策、あるいはそれに類する何らかの調整の実施を検討しているサインであるとの見方が浮上しているのである。

そうであれば早期の正常化を主張し続けてきた筆者にとっては望ましいことであるが、現時点では明確なサインであるとまでは言い難く、実質的な正常化策の実施を検討している初期のサインである可能性も考えられる、といった微妙な状況ではないか。

最適なイールドカーブ

注目された発言は、講演テキスト(注1)の中で「最適なイールドカーブの把握」と題されたパートにある、以下の3つの箇所である。

①「経済や物価への影響という点では、一般的に、短期から中期の金利低下による効果が大きいと考えられます。企業や家計の資金調達に占めるこのゾーンのウエイトが大きいためです」
②「一方、より長めの金利については、保険や年金といった金融の社会インフラの機能と強い関連があると考えられます。このため、長期・超長期金利の過度な低下は、これらの運用利回りに対する不安感などを惹起し、マインド面を通じて経済に影響を及ぼす可能性に留意する必要があります」
③「金融仲介機能への影響という点では、最近、『リバーサル・レート』の議論が注目を集めています。これは、金利を下げすぎると、預貸金利鞘の縮小を通じて銀行部門の自己資本制約がタイト化し、金融仲介機能が阻害されるため、かえって金融緩和の効果が反転(reverse)する可能性があるという考え方です。(中略)引き続き、こうしたリスクにも注意していきたいと思います」

2016年「総括的な検証」の延長線上の面も

以上の点では、今までの金融政策運営の副作用、マイナス面に明確に焦点があてられている。具体的には金融緩和に伴う金利低下が、経済・物価に逆に悪影響を与えてしまう可能性を指摘している。ただしこれらは、既に2016年9月の「総括的な検証」で指摘されていた点であり、日本銀行が全く新たに示した論点ではない。その意味では今回の講演内容も、「総括的な検証」から逸脱したものではないとも言えるだろう。

ただし、こうした副作用をまとめて表現したことや、「リバーサル・レート」の議論を持ち出して、従来よりも副作用への注目度を高めていることを示唆しているようにも見える点からは、何らかの政策意図が感じられない訳ではない。そもそも、「総括的な検証」で指摘したこうした論点は、将来に政策の変更、調整を行う際に、その正当性を示すために盛り込まれた理由付けといった面も相応にあると考えられる。

政策調整に向けた地均しか

2016年1月に突如マイナス金利政策の導入を決めた際に巻き起こった、金融機関からの強い批判などを受けて、日本銀行はサプライズ政策と疑われる政策は極力採用しない方針と考えられる。そのため、将来的に実質的な政策の変更を行う際には、それを事前に対外的に伝える可能性が高い。そのメッセージは主として、総裁の発言の中に織り込まれることになろう。

こうした点に照らせば、今回の総裁の発言も、将来の実質的な政策の枠組み調整に向けた地ならしを意図した、初期段階の情報発信とも考えられる。この点から、今後の総裁の発言を、十分に注視していく必要があるだろう。

今回の発言が仮に実質的な政策の枠組み調整への地ならしであるとしても、それは明確なメッセージとは依然言い難いことから、何らかの調整が実施されるとしてもそれは、12月の次回金融政策決定会合ではなく、来年1月あるいは3月の金融政策決定会合ではないかと現時点では推察される。

長期金利目標引き上げよりも目標短期化

今回の総裁の発言では、①経済・物価には短期・中期の金利がより影響力を持つこと、②長期・超長期金利の過度の低下はマインド面を通じて経済に悪影響を与えること、③金利低下には、金融仲介機能の低下を通じて経済・物価に与える金融緩和効果を損ねてしまう面があること、が指摘された。この発言の延長線上に素直に浮かんでくるのは、長期金利の引き上げを伴うイールドカーブのスティープ化であることから、現在の0%程度の10年金利目標を引き上げることを示唆しているのではないかとの観測も一部に生じている。

ただし、短期金利目標と同様に長期金利目標も、2%の物価安定目標を達成、維持するために実施しているというのが、現在の政策運営方針である。消費者物価上昇率(除く生鮮、エネルギー)が依然として0%に近い現状で、長期金利目標を引き上げれば、それは金融緩和効果を縮小させる政策変更となり、現在の政策運営方針に反してしまう。それにも関わらず、理由をつけてそれを実施する可能性も否定はできないものの、その蓋然性は今のところ高くはないだろう。

長期金利目標の引き上げよりも蓋然性が高いのは、目標を10年から5年にする、短期化ではないかと筆者は考えている。この場合、10年金利の0%程度の目標を5年金利の0%程度の目標と変更しても、金利水準が変わらないことから、政策変更ではないと日本銀行は言い張ることができるのである。またその際には、10年金利よりも5年金利の方が経済・物価への影響力が高いことから、それをコントロールする方が、2%の物価目標達成により近づくのである、といった前向きな説明もすることだろう。

それ以外にも、金利目標を短期化するという実質的な正常化措置のメリットは多いが、この点については当コラムで既に議論していることから、それを参照されたい(「イールドカーブ・コントロール見直しのすすめ」、2017年09月12日)。


(注1)「量的・質的金融緩和」と経済理論 ―スイス・チューリッヒ大学における講演の邦訳

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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