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トランプ大統領によるパウエル理事の次期議長指名

2017年11月03日

はじめに

米国のトランプ大統領は、11月2日午後3時過ぎ、ホワイトハウスでパウエル理事の同席の下で、同氏を次期議長に指名することを発表した。直近では多くの報道がこれを予告していただけでなく、後で見るように、当面の金融政策運営はイエレン議長による「正常化」路線の踏襲とみられるだけに、市場の反応は抑制的である。

それでも、今回の人選に至る動きや長い目でみた政策運営への意味合いなどにはいくつか興味深い論点が含まれている。米国のCNBCが生中継した上記の「指名式典?」でのトランプ大統領やパウエル理事の声明も参照しつつ検討したい。

次期議長に求める条件

筆者が年初来数回にわたってニューヨークとワシントンを訪問した際に、当局OBや調査会社の専門家、市場関係者などからほぼ共通して指摘されたのは、トランプ大統領は次期議長に対して二つの条件を求めるという点である。それは、①緩和的な金融環境の維持と、②金融規制の緩和に対するサポートの二つである。

このうち①に関しては、 昨日のFOMCに関する本コラムでもみたように、足許で経済成長が加速している印象もあるが、インフレは緩慢であり、今後にインフレが加速するリスクも余り説得的でない。つまり、デュアルマンデートに関してdata dependentな政策運営を行う限りは、余程のhawkishな人材でない限り、①の条件のクリアーは比較的容易である。

このため、米国訪問の際には、人選においてむしろ重要なのは、様々に意見が分かれやすい②の方ではないかとの説明を受けることが多かった。実は上記の「指名式典?」における パウエル理事の声明をみると、金融政策の運営よりも金融規制や監督に関する言及の方がはるかに長い。この点はFRB内でパウエル理事の担当分野である点を考慮しても、FRBが議会に対してデュアルマンデートの達成という責務を第一に負っていることに照らして興味深い面がある。

ただ、この点はもう少し詳しくみる必要もあろう。つまり、次期議長候補のうちパウエル理事を含むFRB関係者は、金融危機後に大手金融機関を念頭にシステミックリスクの再現を防止するために規制や監督を強化したことは正しかったと考え、巻き戻しに反対している。一方、パウエル理事だけでなくイエレン議長も、中小金融機関に対する規制や監督が過重になっている可能性は認め、その修正に柔軟な姿勢を示してきた。

トランプ大統領の支持者の特性や米国内での産業再生といったアジェンダに照らすと、トランプ大統領による金融規制や監督の見直しの焦点の一つが中小金融機関を巡る問題であると推測されるし、財務省が公表した規制や監督の見直し方針からもこの点は明白である。そうなると、②の条件のクリアーに関してもそう難しい訳ではないことになる。

人選の考え方

このように二つの条件が実際には必ずしもbindingではなかったとすると、トランプ大統領は最終的にどのような要素を重視してパウエル氏に決めたのだろうか。この点は本人に直接聞かなければわからないし、あくまで結果論であるが推測しうる点はある。

まず、実はトランプ氏自身が、イエレン議長による金融政策の「正常化」路線-慎重な利上げとバランスシート削減-の継承を望んだことが考えられる。米国メディアが整理しているように、パウエル理事のこれまでの発言はイエレン議長による政策運営を全面的に支持する内容であったし、FOMCでは議長案に一度も反対票を投じていないようだ。イエレン氏による金融政策運営は、上にみた①の条件の実現そのものであるし、今後もそれが継承されることが明確であれば、少なくとも当面は市場が不安定化するリスクも小さい。

にも拘らず、イエレン議長の再任を選択しなかった理由も明らかでないが、米国では、共和党が多数を占める上院でのconfirmationにリスクが残る点や、トランプ大統領が重要人事に影響を行使した事実をアピールしたい可能性が挙げられている。つまり、イエレン議長ではないがその金融政策を継承してくれる人としてパウエル理事を選考したという理解である。

このうち前者に関しては、パウエル氏が超党派の活動を行ってきたことも注目される。つまり、同氏はジョージW.ブッシュ大統領の下で財務省のunder secretaryであったが、オバマ政権の下でFRB理事に任命された。実際、冒頭に述べた「指名式典?」でも、トランプ大統領は同氏が議会で共和党だけでなく民主党からも信頼されている点を強調した。この点は、ハリケーン対策以降のトランプ大領領による民主党懐柔戦略に照らしても興味深い。

後者の点、つまり、トランプ大統領がFRB議長人事を重視していたことも様々な事実から示唆される。例えば、トランプ大統領は候補者との面談を行ったことを敢えて明らかにして、市場や世論の反応を確認していた可能性がある。こうした面談を数次にわたって行ったことや、すべての候補者に敬意を込めたコメントを行ったことも、他の政府機関の重要人事とは明確に異なるアプローチであった。トランプ大統領は、「指名式典?」でも、FRB議長より重要なポストはほとんどないとのコメントを繰り返し述べている。

トランプ大統領がFRB議長人事をこのように重視したのは、米国メディアが揶揄するように、自らが根っからのビジネスマンであり、これまでのキャリアを通じて、金融政策の影響を身を持って知っているからかもしれない。この点をもう少し真面目に言えば、トランプ大統領によるビジネス重視の考え方が反映したものとなる。

この点もパウエル理事の選任に繋がった可能性があろう。つまり、トランプ大統領は「指名式典?」の中で、パウエル氏が民間金融機関でのキャリアを有することを説明し、民間セクターのビジネス視点をFRBに持ち込むことが重要であるとの指摘を行っている。

今後の展望:人事

今回の決定を受けて、米国メディアがまず注目しているのはイエレン氏が理事としてFRBに残るかどうかという点である。イエレン議長の任期は来年の2月3日で終了するが、理事としての任期は2024年の1月31日まで残っており、イエレン氏が望めば理事としてFOMCに参加し続けることは可能である。

イエレン議長も、この点に関しては、当然ながらこれまでに意向を明らかにしたことはないし、本日FRBのHPを通じて公表したパウエル氏への祝福メッセージにも、円滑な引継ぎのため協力することをコミットすると書かれているだけである。

議長を退任した方が理事としてFRBに残るのは、1935年銀行法による現行の枠組みの下ではエクレス氏の前例があるだけである。また、パウエル氏が現在の理事メンバーであり、金融政策の「正常化」戦略を含めて政策決定に実際に関わってきたことを考えると、イエレン議長から「引継ぎ」を受けるべき内容も、外部からの選任に比べれば少ないはずである。

にも拘らず、イエレン氏の理事留任の可能性が語られる理由を考えると、一つは理事メンバーにおける理論的支柱の必要性が意識されている可能性があろう。

米国内で有識者や市場関係者と議論すると、FRB議長がPhDエコノミストであるかどうかに拘りをみせる方が意外に多い。理由を問うと、FRBが金融政策の「正常化」の最先端にいるだけに理論的な裏づけが重要との意見から、市場と共通言語で対話できるとの意見まで様々だが、いずれにせよこの点は日本と考え方の違いを感じる。また、今月上旬までは、イエレン議長とフィッシャー副議長という、ともに学界でも非常に影響力のある研究者が理事会メンバーであったことも影響しているかもしれない。

この点については、テイラー氏が副議長に指名されるとの思惑との関係も興味深い。テイラー氏がこのように理事会メンバーに加われば理論的支柱としての役割が期待されるが、市場はイエレン氏に残ってもらうことの方を選好しているのだろうか。実際にテイラー氏が指名された場合の市場の反応が注目される。

人事に関して言えば、FRBにとっては残りの理事の欠員への対応も重要な意味を持っている。フィッシャー氏が辞職し、クォールズ氏が銀行監督担当副議長として任命された現在、イエレン議長、パウエル理事、ブレイナード理事を含めて理事会メンバーは4名であり、3名欠員の状況にある。従って、イエレン氏が辞職し、テイラー氏が副議長に任命されても、欠員3名の状況は変わらない。

この点は二つの可能性を意味する。第一に、トランプ大統領と共和党政権が理事会メンバーを文字通り「好ましい意見」の持ち主で固める可能性である。上記のようにテイラー副議長を送り込んだ上で、残り3名の理事も任命できれば、純粋に民主党系の人物はブライナード理事だけになる。

既に見たように、このことが直ちに金融政策の運営を変えるとは思えないが、トランプ大統領がイエレン氏の再任を見送った事実は決して過小評価すべきではないであろう。つまり、イエレン議長の1期(4年間)のみという任期は、米国メディアが強調するように1970年代末のミラー議長以来の短さになる。トランプ大統領は「指名式典?」で独立的な中央銀行との表現を使ったが、後で見るようにその意味が具体的に問われる事態も想定される。

第二に、欠員状態が固定化する可能性である。上記のようにトランプ大統領はFRB議長の人事を重視し丁寧に対応したほか、副議長までは最後まで候補として残したテイラー氏を起用するかもしれない。しかし、政治的なアピールも相対的に低い理事ポストの人選は優先度が低下することも考えられる。

この点はFOMCの議論を不安定化させるリスクもある。FOMCは理事全員とニューヨーク連銀総裁に加え、地区連銀総裁のうち4名がローテーションで投票権を持つ。従って、理事が4名しかいないと、地区連銀総裁と数的に拮抗する状況が継続することになる。もちろん、ニューヨーク連銀の総裁は議長側に立つが、理事から不参同者が出るとバランスが崩れる。Hawkishな地区連銀理事が揃った場合、慎重な利上げ路線への批判が従来以上に注目されることも考えられる。

今後の展望:政策

パウエル新議長に率いられたFRBは当面は「正常化」路線を続けるのであろうし、そこには、足許の景気拡大に加えて、「指名式典?」の数時間前にようやく共和党が具体案を示した税制改革のサポートも得られるかもしれない。

それでも、新議長の任期中に景気が成熟し後退する可能性は排除できないし、緩やかな利上げを継続した場合、景気後退の時点での利下げ余地が大きくない可能性も無視できない。

この点に関して、イエレン議長は金融危機後の経験を通じて、今やFRBは様々な非伝統的政策手段を手に入れており、政策金利のゼロ制約に直面しても、それを相応に克服する政策対応が可能であることを示唆している。

しかし、ここで問題になりうるのは、共和党内に量的緩和に対する批判が強いとみられる点である。その理由について米国内で有識者や市場関係者が挙げるのは、1)市場での公的介入に対する基本的な反対、2)財政政策と金融政策の境界の不透明化への懸念、3)FRBによる金融経済への影響力拡大への警戒といった点である。つまり、国民によって選出されていない主体であるFRBが金融経済で事実上dominantな存在になることへの批判という、先進諸国では多かれ少なかれみられる議論である。

この点に関するトランプ大統領自身の意見は必ずしも明確でないが、先にみた理事の人的構成の影響も含めて、FRBが次の景気後退で量的緩和の活用に支障が生ずるとすれば、その影響は小さくない。金融危機までの中央銀行論の下では、このような政策手段の選択やその行使はinstrumental independenceという狭義の独立性の一環であったが、量的緩和への批判はこの面で独立性の維持に対する意味合いを持ち得る。

また、市場や経済主体がそうした可能性を事前に認識した場合に、資産価格や実体経済のパスにどのような影響を及ぼすかも未経験の問題として浮上しうる。

おわりに

ワシントンのFRBを訪問された経験をお持ちの方はご承知のように、オフィスは大きな二つの建物から成っている。そのうち、テレビや新聞で写されるクラシックな建物-FOMCの際に議長が入っていく方の有名な建物には、マリナーS.エクルスという名称がつけられている。

これはかつてのエクルス議長に因んだ名称であり、FRBのHPによれば、同氏は1934年から1948年まで議長(正確には、1935年銀行法の前は「総裁」)を務めた後、1951年7月まで理事としてFRBに残ったようである。

同HPはエクルス議長がFRBにとって様々に重要な貢献をしたことを説明しているが、中でも1935年銀行法の成立を通じて、FOMCに対する財務長官やOCC長官の参加を廃止し、先に述べたような理事と地区連銀総裁による合議体制の確立に寄与したと述べている。

しかし、FRBのHPも、戦後は当時のトルーマン大統領との対立が激化したことを示唆し、中でも、長期金利のペッグに対してFOMCが賛同したかどうかについて、同氏はFOMCの議事要旨を公表して、トルーマン大統領の説明を覆したとしている。

読者の方は既にお気づきかもしれないが、1951年7月という同氏の理事の辞任は、同年3月のFRBと米国財務省とのAccord(長期金利ペッグの停止)の直後である。先に見たように、イエレン議長がもしも議長の退任後も理事としてFRBに残るとすれば、このエクルス議長以来ということになるというのも、何とも言えない因縁を感じさせる。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

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