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BOEのカーニー総裁の記者会見-Speed limit

2017年11月03日

はじめに

イングランド銀行(BOE)の金融政策委員会(MPC)は25bpの利上げを決定した。欧米メディアは2007年以来10年振りの利上げとの見出しを付けて報道しているが、ポンド相場もGilt利回りも記者会見を受けて下落している。そうした興味深い反応の理由も考えながら、記者会見での議論を検討したい。

利上げの理由

カーニー総裁は記者会見の冒頭で、今回の利上げに関して、①理由、②影響、③展望の三点に分けて説明を行った。そこで本コラムもこれを踏襲し、利上げに関する議論を中心に検討を進めたい。

①の利上げの理由について、カーニー総裁は、供給制約が強い下で需要の成長ペースが速すぎるとの理解を示した。つまり、金融危機後の生産性伸び率の低迷に加えて、労働のslackの減少に伴い、供給力の顕著な改善が望みがたい一方、需要に関しては、家計支出に減速の兆しもみられるが、高水準の企業収益や良好なfinancial conditionの下で設備投資に回復の兆しがあり、しかも世界景気の拡大もあって輸出が上向きとの判断である。

これに対し複数の記者は、同時に公表されたインフレーション・レポート(IR)に記載された実質GDP成長率の見通しが、前回(8月)とほとんど変化していないにも拘らず、政策決定が、前回は現状維持で今回は利上げと判断が異なる理由を質した。

これに対しカーニー総裁は、足許の景気拡大によってインフレの抑制と景気の下支えとのtrade offが緩和した中で、ユニットレーバーコストの上昇のようなインフレ圧力を放置することは、BOEの金融政策-特に2%のインフレ目標-に対する信認の毀損に繋がるとの考え方を示した。

さらに、ある記者が賃金の上昇傾向の継続に懐疑的な見方を示したのに対し、カーニー総裁は、金融危機以前に比べると非熟練労働力のウエイトの上昇などによる抑制圧力があるほか、今後は設備投資の回復や資本・労働の代替等による生産性伸び率の改善が賃金上昇を抑制する力として作用する可能性を認めた。

もっともその上で、労働市場ではslackの払底を示唆する指標-未充足求人率や転職率、新規雇用の賃金率などの上昇-が目立つとして、上記の逆風にも拘らず名目賃金が金融危機前よりは緩やかだが上昇していくとの見方を堅持した。

さらに別な記者が、供給力の拡大が抑制されているのは、Brexitの不透明性の下で企業の投資行動が慎重化している結果ではないかと指摘したのに対しても、カーニー総裁はそうした面があることを認めた上で、設備投資の低迷は金融危機以来の現象であると説明するとともに、それを前提に速度制限を課すことの重要性を確認した。

利上げの影響

次に②の利上げの影響に関しては、カーニー総裁は、一般論として、波及効果を債権者と債務者の所得移転、借入れコストを通じた支出行動の変化、為替レートの変化の三つに整理した。

その上で、今回の利上げによる支出行動への影響は金融危機前-前回(2007年)利上げ-に比べて小さいとの理解を示した。根拠としてカーニー総裁は、1)家計のバランスシートが健全であること、2)住宅ローンの約6割が固定金利であるほか、新規ローンはFPCによる新たなガイドラインをクリアしていること、3)消費者ローン金利はマージンがバッファとなるので、直ちに上昇する訳ではないことなどを挙げた。一方、カーニー総裁は利上げが預金金利を通じて家計に利益をもたらすとの期待を示した。

こうした説明には奇妙な印象もある。なぜなら、先に見たようにカーニー総裁は需要拡大のペースを調整することが今回の利上げの理由であると説明しつつ、家計へのマイナスの影響は少ないと言っているからである。

これらの説明を整合的に理解しようとすれば、利上げの影響は借入れコストやポンド相場を通じて、主として企業の支出行動を通じて生ずると理解していることになろう。実際、こうした仮説は、総需要の構成要素別の動きに関するカーニー総裁の理解とも整合的である。つまり、個人消費に減速の兆しがある一方、設備投資や輸出に拡大の兆しがあると理解しているのであれば、企業の支出活動を抑制することに合理性が生ずるからである。

利上げの展望

最後に③の利上げの展望には最も多くの質問が示された。なかでも注目されるのは、今回の政策判断を利上げサイクルの開始と理解してよいかという点である。また、複数の記者は少し意地悪な形で、前回(2007年)の利上げはその後直ちに利下げに追い込まれただけに、その繰返しにならないかとの指摘を行った。

これに対するカーニー総裁の回答は極めて慎重であった。つまり、今回の利上げの理由を再度説明した上で、1)IRに掲載されている実質GDP成長率やインフレ率の見通しが、いつものように市場金利を前提としている点に注意を喚起し、2)その上で今回の前提となった市場金利は今後3年間に(毎回25bpで)2回の利上げを織り込んだものであり、3)それを前提とした見通しには違和感がない、との説明を行った。

つまり、かなり慎重な言い回しながら、今後3年間に2回の利上げという市場の見方がMPC多数派の意見に近いとの理解を示唆した訳である。おそらく、金融市場もこのように理解したため、BOEによる先行きの利上げは予想に比べて緩やかと感じたことが、冒頭に見たようなポンドやGilt利回りの軟化に繋がったのであろう。

このような説明を受けると、議論は①のポイントに戻り、今回なぜ利上げに踏み切るのかという疑問が改めて湧く。実際、一部の記者がこの問題を再度提起したのに対し、カーニー総裁はBOEのマンデートに照らしつつ、次のような説明を行った。

つまり、BOEは物価の安定と金融システムの安定を実現することが使命であり、後者は主としてマクロ・プルーデンスを含めてFPCの仕事なので、MPCは主として前者の責務を果たすことが求められる。今後にBrexitの展開如何で英国経済は大きな影響を受けるが、金融政策の時間的視野の下では、主たる影響は、企業や家計がBrexitの展開に関する期待を変え、その結果として支出行動が変わることで生ずる。そこでBOEにできることは、インフレ目標の達成を通じてインフレ期待を安定させることである。

こうした説明はもっともであるが、BOEにとっての現実的な問題は、インフレ目標が達成された時点での政策金利が、上記のような市場金利を前提とする以上、かなり低位であるリスクが少なくない点である。その場合、Brexitを含む何らかのショックがあってもBOEによる政策対応の余地も決して大きくないことになる。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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