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日銀の黒田総裁の記者会見-Recalibration

2017年11月01日

はじめに

日銀は、今回の金融政策決定会合で、景気見通しを前回(7月)と概ね同様に維持した一方、物価見通しは本年度を中心に再び下方修正するとともに、下方リスクへの警戒を維持した。もっとも、記者会見では、興味深いことに量的質的金融緩和(QQE)の今後の運営に関する質問が多かった。いつものように内容を検討したい。

景気と物価の見通し

QQEに関する議論の前に、景気と物価の新たな見通しとそれに関する議論をレビューしておきたい。

まず、実質GDP成長率の新たな見通しは、2017~2019年度にかけて+1.9%→+1.4%→+0.7%とされた。前回(7月)と比較すると、2017年度だけが+1.8%からわずかに上方修正されているが、それ以外は変わらない。本日時点で公表されている「基本的見解」も、景気見通しは概ね不変に維持した旨の説明を行っているだけでなく、主として海外景気の安定を理由に、先行きのリスクが上方と下方でバランスしたとの理解を示している。

これに対し、CPIコアインフレ率の新たな見通しは、同じく2017~2019 年度にかけて、+0.8%→+1.4%→+1.8%とされ、前回 (+1.1%→+1.5%→+1.8%)に比べて、足許の下方修正が目立つ。2018年度は予想のレンジの下限が切り上げられただけに実質的に不変と考えても、2017年度は相応に大きめの修正となった。

この点に関する「基本的見解」の記述も黒田総裁の説明もともに、一時的かつ個別的な要因によるものとの理解を示唆している。

もっとも、「基本的見解」のうち物価のリスク要因に関しては、需要に対する価格弾力性に関する議論の中で、差別化の難しい財やサービスの価格が、流通形態の変化や規制緩和等による競争激化のためにインフレを抑制する可能性が新たに加わるなど、物価の構造的な性格に対する注目も示唆されている。

冒頭に述べたように、今回の記者会見では見通し自体に関する質疑は相対的に少なく、上記の「可能性」が具体的に何を念頭に置いたものか、残念ながら現時点で明らかでない。

ただ、数名の記者が賃金の問題を取り上げ、今後の展望を改めて質した。これに対し黒田総裁は、労働需給の逼迫がパートの賃上げに結びついているものの、正社員ではそうした状況が現れ難いなど、労働市場の構造問題がマクロ的な賃金上昇を妨げている可能性を認めた。しかし、その上で良好な企業収益と労働需給の逼迫によって、最終的には賃金上昇が実現するとの見方を改めて確認した。

量的質的金融緩和の運営

今回の記者会見では多くの記者がこのテーマを取り上げ、特にETFの買入れとイールドカーブ・コントロール(YCC)の下での目標金利の双方の運営に関する質問が目立った。

まず、ETF買入れについては、数名の記者が減額の可能性やその条件を質した。こうした記者の質問も、今回のMPMに先立つ株式市場の状況や市場関係者の議論を踏まえると、必ずしも突飛なものとは思われない。加えて、足許では日銀が既に「秘かに」買入れ額の抑制を始めたのではないかとの疑念も指摘されたことを背景にしている面もあろう。

これに対し黒田総裁は、ETF買入れの減額を始めたとの見方を明確に否定したほか、ETF買入れの金額は毎回のMPMで具体的な金額として決定しており、YCCの下で目標金利の維持との関係で結果的に変動しうる国債買入れの金額とは性格が異なると説明した。

加えて黒田総裁は、ETFの買入れ額の見直しを行う場合、リスクプレミアムの評価はその一要素ではあるが、あくまでもQQE全体の見直しの一環として位置づけられるべきとの理解を示した。

一方、YCCの下での目標金利の運営に関しては、一部の記者が、インフレ目標の達成以前に調整することがありうるかどうかを質した。この点に関しても、黒田総裁は否定的な考えを示した。つまり、QQEの目標はあくまでも2%のインフレ目標の達成であり、YCCに関する調整は、こうした目標達成との関係でのみ行うべきとの考え方を確認した。さらに黒田総裁は、インフレ目標の達成にはなお時間を要するとみられることを認めた上で、だからこそQQEを維持していくことが大切であると説明した。

YCCの下での目標金利に関する議論は、少なくとも市場側では上方への調整可能性に着目している。その出発点は、O/Nのマイナスの政策金利(NIRP)に関するコスト・ベネフィットのバランスが変化したとして、NIRPの解除の可能性を問う議論にある。その上で、O/Nの政策金利を引き上げる場合には、イールドカーブのフラット化を避けるため、10年国債の目標金利-あるいは新たな5年国債の目標金利-も同時に引き上げるべきという議論につながっている訳である。

ところが、今回の声明文によれば、片岡委員はYCCの現状維持に反対し、15年国債利回りを0.2%未満に抑えるべきとの意見を示したとみられる。財務省の国債金利情報(イールドカーブの推計を含む)によれば、残存15年の国債利回りは足もとで0.3%程度で推移しているだけに、単純に考えれば、こうした提案はイールドカーブの更なるフラット化による金融緩和を企図したものとなる。

残念ながら、今回の記者会見ではこの点も必ずしも明らかにならなかったので、正確な解釈は議事要旨ないし片岡委員による講演等まで待つ必要があろうが、上記のような市場の論理との関係も含めて興味深い論点である。

中央銀行総裁に求められる資質

FRB議長の選任も大詰めを迎えているが、黒田総裁の任期も最早半年を切っている。このため、今回の記者会見でも一部の記者が留任の意向などを質問したが、黒田総裁は当然に回答を避けた。

こうした中で、ある記者が中央銀行総裁に求められる資質を質したのに対し、黒田総裁は一般論であると強調した上で、情勢を的確に判断する能力と経済の先行きを展望するための理論的な分析の能力を挙げた。さらに、経済や市場がグローバル化しているだけに、国際的な視野や人的ネットワークも重要と付言したことは興味深く感じた。

先進国で中央銀行のトップが変わる際に常に指摘されることだが、こうした能力を高い次元で兼ね備える人材は実際には多くないであろう。加えて、金融危機の時代に比べれば、トップが強力なリーダーシップを発揮する必要性も相対的に後退したかもしれない。その意味でも日本に限らず先進諸国では、こうした資質を総裁と副総裁が適切に分担しあうことも現実的であるように思える。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

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