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ECBのドラギ総裁の記者会見-Downsizing

2017年10月27日

はじめに

ECBは今回の政策理事会で、来年1月以降の資産買入れについて、少なくとも9月まで毎月300億ユーロ増のペースで行うことを決定した。今回の会合で重要な決定を行うことは早くから予告されていただけでなく、その骨子に関してもECB高官がかねて示唆していただけに、市場の反応も現時点では抑制的であるようだ。

それでも、決定内容の細部にはユーロ圏固有の課題が反映し、今後への意味合いも少なくない。いつものように内容を検討したい。

政策決定の内容

冒頭に述べたように、資産買入れは、本年中は毎月600億ユーロ増のペースを維持した上で、1月以降は少なくとも9月までは毎月300億ユーロ増へと減少することを決定した。

その上で注意すべきなのは付帯条件である。つまり、声明文に明記されたように、①必要であれば、またいずれにせよインフレ目標に向かう自律的な動きを確認するまで(来年9月を越えて)継続するとの条件が加わっただけでなく、②経済見通しが悪化したり、インフレ目標に向けた自律的動きと整合的でないfinancial conditionが出現した場合には、規模と継続期間の面で資産買入れを増加する用意があることを示した。

さらにフォワードガイダンスにも注目する必要があろう。政策金利について、長期(extended period of time)かつ資産買入れ期間を大きく超えて(well past)維持するという予てからのコミットメントを維持したほか、買入れ資産の再投資についても、資産買入れ期間を大きく超え、いずれにせよ必要性がある限り続けることを表明した。

決定内容を巡る議論

このようにECBが金融政策の「正常化」の第一歩を踏み出しつつも、様々なcontingent planを残した理由を一言で言えば、ドラギ総裁が記者会見でコメントしたように、ユーロ圏の景気や物価は改善方向にあるが、インフレ目標に向けた自律的な動きとなったかどうかには、まだ不確実性が残るということである。

しかも、上に見た「(そうした動きと)整合的でないfinancial condition」という表現が示唆するように、ECBは為替や金利といった市場の動きに依然として警戒を向けていることも明らかである。この点は、前回(9月)の政策理事会の声明文や議事要旨に現れた「source of uncertainty」の表現とも整合的である。

その上で、決定内容に関してもう一つ興味深かったのは、MROと3ヶ月LTROについて、固定利回りと全額割当ての運営を、少なくとも2019年の最後の預金準備期間まで継続することも合わせて決定した点である。

この点に関し記者からは、2019年末まで利上げを行わないことを示唆するかとの質問があったが、ドラギ総裁は明確に否定した。だとすれば、これはECBが2019年末までは金融機関に対する円滑な資金供給を行うと約束した点に意味がある。おそらく、域内諸国の金融システムに何らかの理由で-それは不良債権問題に加えて、昨今のような政治リスクも考えられる-ストレスがかかった場合に備えたsafety netの位置づけが推察される。

実際、別な記者が地方自治を巡って政治的に不安定化したスペインの国債の買い増しを提起したように、ECBには金融政策の「正常化」とは整合的でない様々な要請がかかる可能性も少なくない。この点に照らせば、地味だが意味ある決定と言える。

一方、今回の記者会見で比較的多くの記者が提起した問題は、上に見た資産買入れに係る付帯条件への信認である。つまり、金融経済情勢を展望すれば、来年9月以降も資産買入れを行う用意があるとか、状況によっては増額することもあるとの考えを示すことに意味はあるが、その時点では国債の深刻な不足を来たしかねず、従って、こうしたコミットメントは実現可能性の点で疑念があるとの批判である。

こうした指摘に対し、ドラギ総裁は国債の不足如何という問題には深入りせず、ECBによる資産買入れは様々な意味で柔軟に設計されているとの説明を繰り返すに止めた。このようなコメントは、資産買入れの中で他の資産との構成の見直しを必要に応じて行う可能性を示唆したことも考えられる。

実際、記者が関連する問題として取り上げたように、保有国債の再投資を同一国債に維持するという原則も、当該国の財政状況や民間投資家のアピタイトなどによっては、維持が難しくなることも考えられるだけに、構成の見直しは有効な対策ともなりうる。

実は、今回の声明文もドラギ総裁の記者会見での冒頭説明も、さらに記者会見終了後に公表された参考文書にも、資産買入れを減額することが説明されているだけで、国債・国際機関債と社債のウエイトに関する説明はない。もちろん、これまでもこの点に関する方針は明示されてはいなかったが、ECBが公表する買入れ実績をもとに、現在(毎月600億ユーロ増)は概ね5:1で割り振られていることが知られている。

ドラギ総裁は、記者会見の中で、資産買入れのこうした構成については今回の政策理事会で一切議論していないと説明しており、この点は単純に先送りされた-ドラギ総裁が今回の政策理事会について予告していた「bulk of decision」の対象外だった-ということかもしれない。

正常化の戦略を巡る議論

ドラギ総裁が、もう一点、今回の政策理事会で議論しなかったと明言したのは、金融政策の「正常化」のsequenceである。この点に関しても記者の多くが取り上げ、FRBと同様な順序や時間的インターバルを想定してよいかとの指摘がなされたが、ドラギ総裁は米国とは金融経済サイクルや物価形成のメカニズム、政策の波及が異なることを指摘しつつ、想定されるsequenceについては明言を避けた。

以前はFRBを先例として意識する発言もみられただけに、ドラギ総裁のスタンスの変化は興味深い。グローバルな景気局面も考えると、ECBが来年9月以降に資産買入れを停止まで持ってゆけたとしても、その後の利上げには-FRBと同様なインターバルを想定すれば尚更-大きな不確実性が伴うことは言うまでもない。

それ以上に厄介なのは、金融システムに問題が残る下で、利上げやバランスシート削減に進むことは一層難しい点であろう。ユーロ圏経済の自律的拡大の下でECBが金融政策の「正常化」を円滑に進める意味でも、ECBは自らのもう一つの役割である金融システムの健全性強化を急ぐ必要がある。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

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