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イノベーションを促す構造改革

2017年10月03日

インフレ期待よりも成長期待

インフレ期待を高めることを目指した日本銀行の取り組みは上手くいかなかっただけでなく、賃金上昇率を顕著に高めるような経済成長力の高まりがない中での物価上昇率の高まりは、個人消費を損なうなどの弊害が大きかった。

経済政策面で最重要の課題は、労働生産性上昇率と潜在成長率を高め、企業の成長期待を高めることであろう。長い目で見れば、生活の質を決める実質賃金の上昇率は労働生産性上昇率に一致すると考えられる。そのため、労働生産性上昇率が高まらない限り、国民の生活の向上ペースは高まらないのである。

イノベーションと資本装備率の上昇の2点が重要

そして労働生産性上昇率が高まるためには、①イノベーション(技術革新)によって全要素生産性(TFP)の増加率を高めること、②労働者一人当たりの資本ストック(資本装備率)を高めること、の2つが必要となる。

イノベーションの担い手は企業であるが、企業が生み出した新技術が生産活動、経済活動に活かされるためには、新たな設備投資が必要となる。しかし先行きの日本経済の成長期待が低いと、企業は新たに設備投資をすることに慎重となり、新たな技術が労働生産性上昇率に活かされることなく、結局は国民の生活向上にも貢献しないだろう。そのため、新たな技術の活用を担う設備投資を税優遇措置で支援する政策などが正当化される。

それに加えて、第2の点については、政府には国内市場の成長期待を高めることで企業の国内での設備投資意欲を高め、それを通じて労働者一人当たりの資本ストックを高めることが求められるのである。

成長期待の高まりは好循環を生む

イノベーション、設備投資共に、その担い手は企業ではあるが、政府は各種施策を触媒にして、それらを促すことができる。他方、しばしば指摘されるのは、成長期待を高めるような政府の構造改革が効果を表すまでに、相当の時間を要する、という点である。そのため、構造改革の重要性は十分に認識されても、それが効果を表すまで、あるいは短期的に生じる構造改革の痛みを和らげるために、金融政策に過度な期待が集まりやすいのである。

しかし、政府の構造改革が、かなり先であっても確実に潜在成長率を高めるとの見方が強まれば、現時点での成長期待を高めることは可能である。例えば出生率を高める信頼性の高い政策がとられれば、出生率が実際に上昇して労働力供給を高め、潜在成長率の向上に繋がるまでに20年近い時間を要するとしても、企業の成長期待は現時点で高められ、それは中長期の需要見通しで決まる部分が多い企業の設備投資を促すだろう。そしてその設備投資の増加は、労働者一人当たりの資本ストックの上昇を通じて、実際に潜在成長率を高めることになり、それがさらに企業の成長期待を高めるという前向きの好循環のメカニズムが生まれるのである。

こうした点から、国民生活の質の改善を促すという社会厚生上望ましい政策面からの措置は、「インフレ期待を高めることではなく、成長期待を高めることである」と考えられる。

企業のイノベーション創出と政府の構造改革の間には補完的関係

ただし従来は、生産性上昇率、潜在成長率の向上を担う、企業が創出するイノベーションと、政府の構造改革は別々に論じられることが多かった。他方で、「企業によるイノベーション創出と政府による構造改革の間には補完的関係がある。企業による積極的なイノベーション創出によって経済規模が拡大するならば、政府はより積極的に構造改革に取り組むようになる。他方、政府による構造改革で財・労働市場の効率性が向上するならば、企業はより高い収益が期待できるイノベーション創出に注力するようになる」「日本経済が望ましいイノベーション成長経路に復するには、企業がイノベーション創出に取り組むとともに政府が構造改革を実行する、という好循環を生み出すことが重要となる」(注1) と主張する論文(英文)を、日本銀行が公表している。それが "Structural Reforms, Innovation and Economic Growth(構造改革、イノベーションと経済成長)"(注2) である。

「停滞の罠」からの脱却

同論文によれば、1990年代以降の日本経済は企業によるイノベーション創出と政府による構造改革の双方が滞る悪循環、いわば「停滞の罠」に陥っていたとし、これを企業、政府が行動を変えることで両者の補完的関係に基づく好循環に変えることが重要と説いている。具体的な措置としては、労働市場の摩擦を解消するような企業の雇用慣行の見直しや、家計の就業意欲の高まりといった労働市場の変化などを挙げている。

企業内に埋もれる新技術を「イノベーション」に

成長戦略の名のもとに、現政権も多くの施策に取り組んできたことは確かである。その中には出生率の引き上げ、女性の活用という労働供給に関わる施策や、未だ実現していないが、労働生産性向上に寄与することが期待されるホワイトカラー・エグゼンプションなどの労働市場改革もある。また、設備投資を促す税制面からの優遇措置もとられてきた。しかしこうした施策が、潜在成長率や企業の中長期成長期待に好影響を与えた明確な証拠は、現時点では見出すことはできない。その意味で、構造改革もまだまだ道半ばである。他方で、企業のイノベーション創出を強く意識した施策については、印象が薄いのである。

「イノベーション」とは、単なる技術革新ではなく、社会の変革を促すような概念で捉えられることが現在では多い。優れた技術も、企業の収益に貢献する展望が抱かれなければ、世に出てくることはないだろう。その意味で、企業の中で新たな技術を生み出すことに加えて、それが他の企業に移転され、共有されることが重要であろう。R&D投資が個別企業に集中する日本においては、そのような機会損失が大きかったのかもしれない。

そう考えると、公共の利益を担う政府は、新規起業の支援策も含めて、個別企業にある「イノベーション」の萌芽を、もっと外部経済化する役割を果たすべきである。そうすることで、社会全体に変革をもたらし、ひいては国民生活の向上に資するのではないだろうか。


(注1)http://www.boj.or.jp/research/wps_rev/wps_2017/wp17e02.htm/
(注2)"Structural Reforms, Innovation and Economic Growth", Bank of Japan Working Paper Series, April 2017

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

エグゼクティブ・エコノミスト

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