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日本の所得再配分政策と実質賃金を巡る企業と労働者の認識ギャップ

2017年10月02日

グローバル金融危機後に高まった所得配分の不公平感

グローバル金融危機後は、所得配分に関する不公平感が国民の間で高まったように思われる。これは、2014年以降、日本政府が企業に対して賃上げを強く要請した背景の一つでもあろう。しかし実際には、足もとの労働分配率は概ね危機前の水準にあり、危機を契機に企業と労働者の間で所得分配に大きな変化が生じた明確な事実はない。

それにも関わらず、所得配分に関する不公平感が根強いのは、労働生産性上昇率が低下する中で、実質賃金上昇率が低迷したという、分配ではなく経済構造の問題があったのではないかと思う。

さらに、政府が労働交渉に関与する所得再配分政策が上手くいかなかった背景には、企業と労働者の間で実質賃金に関する認識ギャップがあったことも一因であろう。

成果配分(実質賃金)で企業と労働者に認識ギャップ

名目賃金上昇率から物価上昇率を差し引いた実質賃金上昇率が、労働生産性上昇率に一致している場合に、労働分配率は一定となる。実質賃金上昇率は、生活の質の改善ペースを決めるものであるが、労働生産性上昇という成果に対して、同じペースで実質賃金上昇率が高まり、生活の質の改善ペースが高まることが、労働の成果に対する正当な成果配分である、と考えるのが一般的である。

ところが、労働者が感じる実質賃金と企業が感じる実質賃金の間には乖離が生じており、これが所得分配の公平性に関する両者間の認識の違いを生んでいるのである。

労働者が感じる実質賃金とは、賃金を個人消費の対象となる財、サービスの価格で割り引いたものであり、ここでは所定内賃金とGDP統計の個人消費デフレータから計算している。これに対して企業が感じる実質賃金とは、賃金を、消費関係に限らず、企業が生み出す財、サービス全体の価格で割り引いたものであり、ここでは所定内賃金とGDP統計のGDPデフレータから計算している。

図表1にみるように、この2つの実質賃金には大きなかい離が生じている。1994年第1四半期を起点とした場合、最新の2017年第2四半期まで、企業が感じる実質賃金は8.6%上昇しているのに対して、労働者が感じる実質賃金は2.4%しか上昇していないのである。


企業から労働者に再配分を促す政策はうまくいかない理由?

企業は、成長あるいは生産性上昇の成果を、実質賃金引き上げという形で相応に労働者に配分しているという意識が強いのに対して、家計、労働者は正当な成果配分を受けていないとの不公平感の意識を強めている、ということではないか。このように認識ギャップが大きい中では、政府がベースアップの引き上げを通じて、企業から労働者に所得の再配分を求める形で労使交渉に介入しても、それが上手くいかなかったのは当然と言えるのではないだろうか。説明は省略するが、2つの実質賃金の差は、GDPデフレータと個人消費デフレータとの差に由来する、やや技術的な問題である。

生産性上昇率、成長期待を高める政策が重要に

いずれにせよ、実質賃金の変化について企業と労働者、家計との間に大きなギャップがあるもとでは、両者間の議論は噛み合わず、両者間の所得再配分を狙う政府の政策は、上手くいかないだろう。

しかし既に述べたように、グローバル金融危機後の労働分配率は安定しており、少なくとも企業と労働者の間での所得分配を大きく変える所得再配分政策が優先課題であるとは思えない。他方で、労働者の間に強く残る所得面での不公平感は、生産性上昇率の低下、潜在成長率の低下という分け合うべきパイの増加ペースの低さに起因する面が大きいのではないか。

この点を踏まえれば、政府が優先課題とすべきなのは、所得再分配政策という左派的な経済政策よりも、経済効率を高め、潜在成長率を高める構造改革であるべきではないか。政府の経済政策には既にそうした要素も含まれているが、例えば「働き方改革」における、残業時間の縮小や同一労働同一賃金政策は、所得再分配政策という左派的な発想と、経済効率を高めるという右派的な発想とが混ざり合っており、これが企業の前向きな取り組みを阻害している面もあると感じている。

この点から、企業の成長期待に強く働きかけるような構造改革を、分かりやすいメッセージで強く打ち出していくことが、今後は重要になるのではないか。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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