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日銀の黒田総裁の記者会見- Alternative view

2017年09月22日

はじめに

今回のMPMは金融政策の現状維持を決定しただけでなく、声明文における景気や物価の現状評価もほとんど不変に維持した。それだけに、本来であれば「無風」の会合となるが、新任の審議委員による反対意見の表明とご覧のような政治情勢のため、記者会見ではいくつか重要な論点が取り上げられることになった。

イールドカーブ・コントロール(YCC)の適切さ

今回からMPMに参加した片岡審議委員は、YCCの枠組みの下での政策金利の現状維持に反対した。声明文によれば、資本と労働市場に供給過剰があるため、2019年度に2%の物価目標を達成する上で、現状の政策金利では不十分と主張したようだ。

残念ながら、現時点では片岡審議委員の議論について、それ以上の詳細は明らかではない。記者会見ではこの点に関する質問もみられたが、黒田総裁は「主な意見」や「議事要旨」の公表を待つよう回答し、議論の詳細を明らかにすることを避けた。加えて、少なくともマクロの観点では、失業率が極めて低位になっているように、労働市場の供給過剰を認識することは難しい面もある。

一方で、資本の供給過剰については、投資の期待収益率が低下しているといった点から推測することもできる。表現を経済学寄りに変えるとすれば、貯蓄-投資バランスが供給過剰になったために、自然利子率が低下しているとの理解であろう。

もしも、こうした理解が正しければ、日銀は金融緩和を強化すべきという結論が導かれる。これに対し、片岡審議委員が追加緩和を提案しなかったことはむしろ謎であるが、いずれにせよ、上記のような反対意見によって、記者会見では現在のYCCの適切さに関する議論が活発に行われた。

実際、日銀がYCCを導入して以降、概ね1年が経過した節目でもあっただけに、数名の記者は、YCCの政策効果に関する評価を質した。これに対し黒田総裁は、実体経済に関しては、労働市場や設備投資などを中心とする効果について自信を持っていると回答した。この間、インフレ率については目標からの距離が残ることを認めつつも、基調的インフレは2%目標に沿った動きをしていると説明した。

YCCに関しては、日銀による説明に基づく限り、金融緩和のサステナビリティを強化するために導入されたとみられるだけに、2%のインフレ目標をできるだけ早期に実現すべきとする片岡審議委員による反対票は対照的なアプローチとなっている。その意味では、細かい差異を無視すれば、片岡審議委員のアプローチは、「総括的検証」以前の金融政策と整合性が高いように見える。

その上で、現状のYCCでは不十分だとした場合、片岡審議委員がどのような政策手段を想定しているかも興味深い問題である。同氏が、かねて「リフレ派」の一翼を担っていただけに、量的な政策手段を重視しているとの推測も可能だが、いずれにせよ、今後にどのような提案を示すか注視しておきたい。

財政規律の意味合い

今回の記者会見で質問が集中したもう一つのポイントが、財政規律による日銀の金融政策への意味合いである。ご覧のように、各種の報道によれば、安倍首相は消費税率の引き上げに伴う税収の増加分を教育などの重要施策に振り向ける考えを示唆しているようだ。この結果、中期の財政健全化目標については、事実上先送りされるとみられている。

黒田総裁は、財政政策は政府が立案し、最終的に議会で決定されることを確認したほか、現時点では、安倍首相自身が正式には発表した訳でもない点を指摘した。その上で、当然ではあるが、黒田総裁は本件に関する質問に直接的に答えることはなかった。

一方で黒田総裁は、財政規律やこれに対する評価が変化した場合には金融市場へも影響を及ぼしうるとしつつも、その深刻さを事前に予見することは難しいとも述べた。さらに、財政規律の維持は、様々な領域の経済政策をサステナブルに維持する上で、日銀よりもむしろ政府にとって重要であると指摘した。

こうした黒田総裁の回答に関わらず、少なくとも一部の記者は、財政規律が日銀の金融政策の運営に大きな影響を与える可能性を意識していたようだ。こうした問題が最も先鋭化するのは、財政健全化が進まない下で、日銀が金融政策の「正常化」を進めようとする局面であろう。

理屈の上では、日銀の金融政策は物価目標の達成という視点のみに基づいて運営されるという黒田総裁の議論には合理性があるが、厳密にはそうでないケースを想起することも容易である。つまり、財政規律の維持に懸念が生じている下で、国債買入れの停止や保有資産の削減が金融市場の不安定化を招くリスクが高まった場合、日銀は難しい立場に置かれる。つまり、日銀は金融システムの安定にも相応の責任を有しているにも拘らず、自ら、金融システムの不安定化を招きかねないトリガーを引くことになるためである。

こうした点を考慮すれば、民間金融機関によるソブリン・リスクが制御可能な状況にならない限り、日銀による国債買入れは財政状況によって、既に人質に取られているとも言える。

アベノミクスの再活性化

各種の報道によれば、安倍首相は臨時国会の冒頭、つまり来週には衆議院を解散するとみられる。また、総選挙では、アベノミクスの評価や再活性化が争点の一つになるとみられている。

こうした点を踏まえ、今回の記者会見では、日経のベテラン記者が衆議院解散・総選挙による金融政策への影響を質した。もちろん、黒田総裁は回答を避けたが、非常に興味深いトピックである。

現在、少なくとも国民のレベルでは、追加緩和に対する要求は必ずしも強いようには見えない。こうした世論の現状は、今回の記者会見での質問の方向がばらついている点にも現れている。実際、数名の記者はYCCの下での金利目標が十分かどうかを質し、追加緩和の必要性を示唆した。もっとも、他の数名の記者は、YCCを含めて「量的・質的金融緩和」が、財政規律の弛緩を含む様々な副作用をもたらしているとの懸念を表明した。

なお、衆議院の解散・総選挙は、来年春に任期満了となる黒田総裁の後任人事にも影響をおよぼすことになろう。なぜなら、「量的・質的金融緩和」は、アベノミクスの3本の矢の中で、最も積極的に運営されたからである。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

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