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フィリップス曲線は非線形か?

2017年09月14日

フィリップス曲線が「非線形」である可能性

経済の需給が改善を続ける中でも、賃金上昇率、物価上昇率が予想されたほどには高まらないという状況が、日本に限らず主要国に概ね共通して見られる現象となっている。これを不可思議と考える、その底流にあるのは、賃金、物価を決めるのは需給関係であるという、つまりフィリップス曲線に基づいた考え方である。

他方で、労働需給がもう少し逼迫してスラック(たるみ)がなくなり、臨界点に達すれば、賃金は急速に高まり物価上昇率は加速する、との見方もしばしば聞かれるところである。これは、伝統的なフィリップス曲線に基づく考え方、つまり需給関係と賃金・物価上昇率は安定した「線形(linear)」の関係にあるのではなく、ある水準からは関係が変化する「非線形(nonlinear)」の関係にある、という考え方に基づいた見解なのである。

「ゴルディロックス(適温経済)」の状態が変わるか?

世界的に景気回復が続く一方で、賃金・物価上昇率が総じて安定していることから、景気に過熱感が高まり難く、またそれを受けて金融緩和の正常化も慎重かつ緩やかに進められるという期待が、金融市場の楽観論を支えている。これがいわば「ゴルディロックス(適温経済)」の状態である。

しかし景気回復がさらに続くなか、いずれ臨界点に達すれば、賃金・物価上昇率が急速に高まるのであれば、こうした状況は一変し、楽観論は一気に吹き飛んでしまう。この点から、フィリップス曲線が「線形」であるのか「非線形」であるのかは、金融市場にとって極めて重要なのである。

そこで、フィリップス曲線の形状に関する、米連邦準備制度理事会(FRB)のスタッフの研究成果(注1)を以下で紹介してみたい。

大都市のデータでは「非線形」が見られる

ここでの分析対象は米国であり、失業率と消費者物価上昇率との関係に焦点が当てられている。米国全土のデータを用いた分析によると、フィリップス曲線が「線形」であること、つまり失業率が1%変動する際に、常に一定の幅で物価上昇率が変化するという安定した関係があることが確認されたという。

ところが、大都市のデータを用いた分析では、「非線形」が明確に見られたという。ここでいう「非線形」とは、失業率が比較的高い場合には、失業率と物価上昇率との関係は比較的安定している、つまり「線形」であるのに対して、失業率が低い場合には両者の関係が変わり、失業率が同じ幅で低下しても、賃金上昇率がより大きく高まるというものである。

具体的には、失業率が7.5%の時に比べて、失業率が4.5%の時には、フィリップス曲線の傾きが2倍以上となる傾向が観測されたという。

しかし「非線形」の程度は小さい

しかしながらこの「非線形」の程度は、実際にはかなり小さいのである。失業率が3.75%を下回る水準で、「線形」で推計された消費者物価上昇率と「非線形」で推計された消費者物価上昇率の差は、0.2%ポイント未満に過ぎないという。これは、臨界点を超えて失業率が低下すると、一気に賃金・物価上昇率が加速するといったイメージからはかなり遠いのである。

以上は米国のデータに基づいた分析ではあるが、日本においてもフィリップス曲線は概ね「線形」だと筆者は考えている。本コラム(フィリップス曲線分析の陥穽、2017年07月27日)で既に指摘したように、失業率が一定の水準を下回る、あるいは需給ギャップが一定水準を超えて改善すると、賃金・物価上昇率が俄かに高まるといった現象は、日本でも過去に顕著に確認されていない(図1)。需給ギャップと消費者物価(除く生鮮食品・エネルギー)の前年比(1年遅れ)ではなく、前年比の前年差、つまり消費者物価上昇率の加速度との関係をプロットしても、両者は無相関である。フリップス曲線は常に様々な要因によって常に変化し続けるとは言え、それでも需給ギャップと消費者物価上昇率との間には、概ね線形の関係が見られるのである。

こうした見方が正しいとすれば、さらに需給のひっ迫傾向が進んでも、賃金・物価上昇率が突然加速するようなことは生じにくいだろう。そのため、「ゴルディロックス(適温経済)」の状態も続くことだろう。しかしそれが金融市場のさらなる楽観論を助長し、過剰なリスクテイクと不均衡の蓄積を一段と促してしまうことが懸念されるのである。



(注1)“Nonlinearities in the Phillips Curve for the United States: Evidence Using Metropolitan Data", Nathan R. Bann and Alan K. Detmeister, Federal Reserve Board

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

エグゼクティブ・エコノミスト

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