1. HOME
  2. ナレッジ&インサイト
  3. 研究員の時事解説
  4. 井上哲也のReview on Central Banking
  5. ECBのドラギ総裁の記者会見- Source of Unce…

ECBのドラギ総裁の記者会見- Source of Uncertainties

2017年09月08日

はじめに

ECBは、今回の政策理事会では、来年以降の「量的緩和」の運営に関する決定を見送った。ドラギ総裁が示唆したように「量的緩和」の縮小に関する様々なオプションを予備的に議論したようだが、ユーロ高の展開とその影響を見極めたいとの意向が政策理事会を支配したようだ。このため本コラムでは、記者会見の大半を占めた為替を巡る議論をレビューしながら、「量的緩和」の見直しに対する意味合いを検討したい。

ECBスタッフによる新たな見通し

今回の政策理事会に提出された新たな見通しは、基調的には前回(6月)の見通しと変わらない。まず、実質GDP成長率は、2017~19年にかけて+2.2%→+1.8%→+1.7%となり、2017年こそ前回(+1.9%)から上方修正されたが、2018年以降は不変とされた。実際、ドラギ総裁は、足許での景気拡大の加速を反映して2017年の成長見通しを引き上げたが、それ以降の見通しは前回と不変であると説明した。

一方、HICPインフレ率の見通しは、2017 ~ 19 年にかけて+1.5%→+1.2%→+1.5%となり、2017年は前回(6月)と不変であった一方、2018年以降はともに0.1%ポイントずつ下方修正された。その理由についてドラギ総裁は、足許でのユーロ高の影響を考慮したと説明した。

その上で、ドラギ総裁は、記者会見の冒頭説明や質疑の中で、最近の為替レートのボラティリティが不確実性の根源(source of uncertainty)であると指摘し、中期的なインフレ見通しに対する影響の観点から注視する必要があると強調した。こうした表現から明らかなように、このコメントは単に事実を指摘したものでなく、市場に対する牽制の意味が込められていると見るべきであろう。

為替レートの評価

しかし、ユーロ相場は記者会見中にむしろ上昇した訳である。欧米の市場関係者のコメントによれば、特に6月以降にユーロ相場が顕著に上昇したにも拘らず、上記のように実質GDP成長率やインフレ率の見通しに対する影響が軽微に止まり、従って、ECBは少なくとも基調的には景気と物価に自信を持っているのだと理解されたようだ。

実際、ドラギ総裁自身も、ユーロ圏の景気拡大が幅広くかつ頑健であるとの見方を記者会見の中で再三強調しただけでなく、ユーロ高はこうした景気拡大に伴って「内生的に」生じた事象である面も否定できないとの理解を示している。その意味では、市場の反応にも合理的な面がある。

加えて、多くの記者が現在のユーロ相場の水準を適切と考えるかどうか質したのに対し、ドラギ総裁が直接的な回答を避けたことも、現状を追認したと理解された面もあろう。もちろん、ドラギ総裁の視点に立てば、足許の具体的な水準をendorseすることは不適切であり、その意味で正しい対応ではあったが、ユーロ高地合いの強い市場でそうした理解になることに避けがたい面もあろう。

その上でもちろん、通貨高が景気やインフレに与える最終的インパクトには留意すべき点も残る。つまり、ECBによれば、今回の見通しの前提となるNEERは、8月中旬の水準をもとに前回(6月)に比べて約4%高く設定され、見通し期間を通じて不変と仮定されている。従って、それ以上にユーロ高が進めば(他の条件を一定とすれば)実質GDP成長率やHICPインフレ率は減速しうる。

ECBは一応の目安として、(ユーロドル相場のオプションで25%程度の発生確率が織り込まれている)2019年末に1.31という水準とNEERへの約50%の波及を仮定した場合、2018~19年の実質GDP成長率が0.3%ポイント、HICPインフレ率が0.4~0.5%ポイント、それぞれ下押しするとの推計を示している。現在のユーロ相場は既に8月中旬よりも高く、米国の利上げ戦略にも不透明性が高まっているだけに、ユーロ相場の今後の展開が、本日の欧米市場が理解したよりも大きなインパクトを実体経済に与えるリスクは残っている。

「量的緩和」の見直し

こうした議論から想像されるように、ドラギ総裁は、政策理事会において為替レートのボラティリティがインフレに与える影響に関する懸念が拡大したと説明した。また、数名の記者が「量的緩和」の継続に伴う副作用を取り上げたが、ドラギ総裁は国債買入れの限界には達していないとの見方を確認するとともに、商業用不動産や住宅など一部の資産価格のvaluationにはストレスがみられるとしつつも、システミックな事象ではないだけに、各国当局がマクロプルーデンス政策によって対応すべきとの考えを示した。

その一方でドラギ総裁も、来年以降も現状のペースでの資産買入れを続ける考えにはないことも確認し、コミットメントではないとしつつも、10月の政策理事会ではスタッフによる様々な検討結果も入手しうるので、おそらく(probably)主要な政策決定(bulk of decision)が行われると説明した。加えて、ドラギ総裁は今回の政策理事会でも、非常に予備的(very preliminary)ではあるが、実際の議論を行ったことを明らかにした。

こうしたコメントを総合すると、今回の政策理事会では、「量的緩和」を来年以降に縮小する方針自体は共有された一方、それを決定するタイミングはぎりぎりまで決めず、事前に予告しないという議論であったことが推察される。もっとも、ドラギ総裁は「秋」に行うという前回(7月)の政策理事会の方針を確認した上に、上記のようなヒントを与えた以上、市場から見れば、10月にすべてが決まるシナリオを意識することになったのであろう。

コミュニケーション政策

FRBの政策運営や米国の長期金利を展望すると、ECBがどう工夫しても、「量的緩和」の見直しを議論することに伴ってユーロ高圧力を招くこと自体は避けがたいように見える。

その上で景気や物価に対する深刻な打撃とならないようにするためには、「量的緩和」の終了後も政策金利の引上げを急ぐ訳ではないというECBの現在のコミットメントを、市場との間で再確認することが有用であろう。もちろん、それ以前に、「量的緩和」の具体的なtaperのペースを急速なものとはしないとの理解を共有することも重要であろう。

こうした点から見れば、ECBにとっては「量的緩和」の見直しを決めるタイミングに腐心するよりも、金融政策の「正常化」全体の戦略をむしろ早く開示することの方が、「不確実性」を払拭する上でより本質的かつ重要であるはずである。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

この執筆者の他の記事

井上哲也の他の記事一覧

このページを見た人はこんなページも見ています