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期待に働きかける金融政策の限界

2017年09月01日

「インフレ期待」に働きかける政策の限界

2013年4月に日本銀行が導入した「量的・質的金融緩和」は、企業、家計や金融市場の「期待」、とりわけ「インフレ期待」に働きかけることに大きな比重が置かれた枠組みであった。政策効果を生じさせる主なメカニズムは、国債買入れを通じた実質長期金利の低下と考えられるが、さらに予想物価上昇率を高めることで実質長期金利の低下幅は増幅され、それが強い政策効果を生むと説明されたのである。問題は、どのような手段で予想物価上昇率を高めるかである。

予想物価上昇率は、日本銀行のバランスシートの負債側にある、マネタリーベース(日銀当座預金と現金の合計)を増加させることで高められる、との説明も当初はなされていた。これは①マネタリーベースと予想物価上昇率の間に因果関係がある、あるいは②マネタリーベースに目標を持ち、それを増加させるという具体的な行動を通じて、2%の物価安定目標の達成に向けた日本銀行の強い意志を示し、それが実際にインフレ期待(予想物価上昇率)に影響を与えることができる、等の考えに基づいていたとみられる。しかし、実際の物価上昇率、中・長期の予想物価上昇率がともに2%の物価安定目標から下方に大きく乖離する状態が長く続くなか、そうした意見は、その後、急速に説得力を失っていったのである。

さらなる需給ひっ迫、人手不足の効果にも期待

現状では、金融政策効果が需給ギャップの改善をもたらし、それが実際の物価上昇率を押し上げるとともに、適合的なメカニズムを通じて中長期の予想物価上昇率に影響を与え、実際の物価上昇率の基調を引き上げる、という経路が重視されているように見受けられる。しかしながら、比較的近い将来の物価に対してのみ直接的な影響を与える、循環的な現象である需給ギャップの改善が、中・長期の予想物価上昇率に与える影響はそもそも限定的であるはずである。

中・長期の予想物価上昇率を示す各種指標が頭打ち傾向を示す中、「インフレ期待」に働きかける政策は、既に2014年の時点でその限界を大きく露呈していた、と筆者は考えている。

強い政策意志の表明のみに比重が置かれた情報発信

「期待」に働きかける情報発信戦略は、近年、中央銀行の政策手法の中で相応に重要な地位を占めるに至っている。中でも特に広がりを見せているのは、先行きの経済環境に応じた政策運営の方針、いわゆる「政策反応関数」を示すことで、長期金利を中心に金融市場の価格形成に影響を与える、あるいは金融政策の予見性を高め、それによって金融市場の安定性を確保することを目指す、いわゆる「フォワードガイダンス」である。これは一定の成果が見込まれる政策手法と言える。

他方、「量的・質的金融緩和」導入後の日本銀行の「期待」に働きかける政策は、非伝統的政策を通じて2%の物価目標を達成するとの期待を市場に信じ込ませ、それによる予想物価上昇率の上昇、実質金利の低下を通じて政策効果を一段と高めることを目指す、という枠組みであった。この政策が十分に機能するためには、第1に、物価目標の水準設定が妥当なものであること、第2に、政策が、物価目標達成のために十分な有効性を備えていること、第3に、日本銀行が目標達成のために政策を遂行する強い意志を持っていること、の3点が必要条件になろう。

長い間、日本銀行はデフレを克服する手段を持ちながら、それを実施する意志を欠いている、との批判を広く受けてきた。そうした経緯もあり、「量的・質的金融緩和」導入後も、日本銀行の情報発信は上記のうち第3の点に重きが置かれ、効果と副作用の比較衡量が十分になされないままに、効果を高めるというよりもその強い意志を対外的に示し、また維持することを主たる目的として、追加的措置が相次いで実施されてきた、と筆者は感じている。

十分な説明がなされない政策の実効性

しかし実際には、「量的・質的金融緩和」導入から程なくして、一般の関心、あるいは疑問は、第3の、政策の執行と目標達成に関する日本銀行の強い意志よりも、第1の目標の妥当性や第2の政策効果の実効性に向けられていったように思われる。先行きの物価上昇率について、日本銀行の見通しに比べて民間の見通しが一貫してそれを大きく下回り続けたことは、日本銀行がアピールする政策効果に対する根強い不信感の反映に他ならないだろう。

このような状況下で、本来であれば日本銀行に求められたのは、第1の物価目標の妥当性と第2の政策の実効性に関する誠実な説明であったと思うが、ともに納得性の高い説明がなされてきたとは言い難い。またそれ以前に、政策効果の十分な検証がなされないままに、異例な非伝統的政策が実行に移され、長期間維持されてきた感が否めないところである。この点は、2016年1月に導入が決定された「マイナス金利政策」、2016年9月に導入された「イールドカーブ・コントロール」についても同様であったと思う。

実際に十分な実効性を持たない政策については、その効果に対する期待を長く維持して「効果があるようにだまし続ける」ことは決してできないのである。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

エグゼクティブ・エコノミスト

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