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ドイツの金準備と通貨価値低下への不安

2017年08月29日

ドイツが金準備を海外から国内に移転

ドイツの中央銀行であるブンデスバンクは、大量の金準備を海外から国内に移転するプロジェクトが完了したことを発表した。4年をかけたこのプロジェクトで国内に移転した金は、12.5キロの金塊5万3,780本に及ぶという(注1)。中央銀行が保有する金の量では、ドイツは米国に次いで世界第2位である。米国が最大の金準備の保有国であるのは、金と事実上の基軸通貨であるドルとの間に固定レートが設定されていた、「金ドル本位制」の名残でもある。他方、ドイツが巨額の金を保有しているのは、過去の貿易黒字など対外収支黒字の結果である。さらにその金準備が海外に多くとどまっていた背景には、冷戦の影響がある。当時は東ドイツを通じてソ連が西ドイツを侵略する脅威があったことから、国民の資産である金準備を海外で分散して保有する戦略がとられたのである。

ブンデスバンクの海外金準備は、ニューヨーク連銀、イングランド銀行(BOE)、フランス中銀の3か所に保蔵されていた。今回はこのうち、FRBとフランス中銀にあった金準備を国内に移転したものである。しかしそれでも、金準備全体の3分の1以上は引き続きニューヨーク連銀に、全体の約13%はBOEに保蔵し続けるという。他方、今回の措置でフランス中銀に保蔵している分はなくなったという。

通貨価値下落への不安も金準備移転の背景か

冷戦構造が崩れた後も、ブンデスバンクは長らく海外に金準備を保蔵し続けた。他方、このタイミングで大量の金準備を海外から国内に移転する措置がとられたのは、ドイツ国民の間で、国民の重要な資産である金準備が失われないように国内でしっかりと保管すべきだ、という世論が高まったためである。これは、他国に対する不信感、地政学的なリスクに対する意識の高まり等を反映しているのかもしれない。それに加えて、ドイツマルクのもとでは感じなかった、自国通貨(ユーロ)の価値下落が国民資産の実質的な価値を下落させるのではないかという不安も、金準備に対する関心を高めるきっかけになったとも考えられよう。

資産買入れ策と国民生活

そのような不安をドイツ国民の間に生じさせているのが、欧州中央銀行(ECB)による非伝統的政策、特に資産買入れ政策ではないか。資産買入れ策は、中央銀行の負債側にベースマネー(現金と中銀当座預金)を累積させる。これは一般の人からみれば、中央銀行が民間にマネーを大量に供給している構図にも見えることだろう。貨幣数量説のような理論を理解しているかどうかは別として、そのような政策がいずれは通貨価値を大きく損ね、過度なユーロ安や過度な物価上昇を生じさせ、国民生活に打撃を与えることを恐れている側面があるのだろう。

米国では金本位制回帰とFRB改革

そうした議論は、以前から米国の議会でも盛んに行われてきた。2013年に政界を引退したが、代表的なリバタリアン(超自由主義者)として知られた共和党のロン・ポール議員は、資産買入れ策は通貨価値の下落を通じて国民の資産を奪うものだと強く批判し、国民の利益にかなう通貨価値の安定のためには、中央銀行を廃止して、金本位制に回帰すべきであると主張していた。

さすがに現在では、金本位制への回帰を主張する声は聞かれなくなったが、FRBの資産買入れ策が、通貨価値の下落を通じて国民の資産価値を損ねることを警戒する意見は依然としてある。そのような金融政策を許してしまった反省から、議会がもっとFRB(米連邦準備制度理事会)の金融政策を監視するのが良いという考えに基づいて、FRB改革法が議会に提出されている。そこには、金融政策が恣意的に運営されるのではなく、「テイラー・ルール」など一定のルールに従って運営されることを求める考えも含まれているのである。

通貨価値下落への警戒心が相対的に低い日本

こうした米国共和党の主張や米国民の間での懸念に照らせば、近い将来の実施が見込まれるFRBのバランスシート圧縮策については、米国内で比較的幅広い支持が得られやすい状況にあると言えるだろう。

他方、ユーロ圏においても、ドイツでは顕著である、通貨価値安定に関する懸念が他国にも広まれば、それはECBの金融政策の正常化を後押しすることにもなるだろう。

翻って、日本はどうであろうか。日本銀行の資産買入れ策の弊害としては、国債買入れの限界、出口での財務悪化のリスクなどがしばしば議論される一方、通貨価値の下落、つまり過度の物価上昇率の高まりや、過度の円安進行に対する警戒は概して強くないようにも見受けられる。恐らく欧米との違いは、日本では低インフレが長く続き、物価高進に対する警戒感が弱いこと、円高恐怖症が国民あるいは企業の間に染み付いており、逆に円安進行の弊害に対する意識が弱いこと等が考えられよう。しかし他国に比べて金融政策の正常化が遅れる中、過度な金融緩和策が通貨価値を損ね、国民の所得及び資産の実質的な価値を突然奪ってしまうリスクについて、国民はもう少し意識を高めていく必要があるように思われる。


(注1)"Berlin repatriates 674 tonnes of gold", Financial Times, August 24, 2017

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

エグゼクティブ・エコノミスト

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