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米国100年国債発行議論

2017年08月25日

<要旨>
ムニューシン財務長官は、米国で超長期国債の発行を検討する考えを何度も示している。長期的な政府の資金調達コスト抑制が主な目的とみられる。しかし財務省内米国債発行諮問委員会(TBAC)が長官に提出した報告書によれば、50年、100年といった超長期債の強い需要、持続的な需要があるとの確証はない、とした上で、必要であれば30年かそれより短い期間の国債発行を増やすことが望ましい、との見解を示した。現行の公募入札方式のもとで、投資家の安定した需要が読めない超長期債を発行することは、不安定な入札結果となってしまうリスクがより高く、それは資金調達コストの上昇と国民負担にもつながり得る。また、超長期国債の発行は、米国国債市場の大きな強みである流動性を低下させてしまう可能性もある。こうした点から、政権の強い意向があったとしても、50年、ましてや100年の国債が、近い将来に米国で新規に発行される可能性は限られよう。他方、「マイナス金利政策」以降、日本では超長期の社債の発行が大幅に増えた。企業が資本に近い超長期債、劣後債の発行を増加させた背景には、中長期の観点から調達コストを抑制したいという発行体のニーズと、より高い利回りを追求する投資家のニーズとが一致したことがある。しかしその結果として、過剰なリスクが投資家に累積されている可能性がある。それは、米国の超長期国債についても同様であり、経済条件に基づく低金利環境を、一段と強化してきた金融緩和策の副作用とも理解できよう。

米国が超長期国債の発行を検討

米国のムニューシン財務長官は、米国で超長期国債の発行を検討する考えを、昨年から繰り返し述べている。オバマ前政権下でも満期が30年を上回る国債発行が検討されたことがあるが、新政権もこうした考えを引き継いでいる模様である。

さらに長官は、超長期債を調査するため財務省内に作業部会を発足させた。米国政府は、この作業部会の見解とともに、米国債発行諮問委員会(TBAC)やディーラー等からの意見をまとめ、今後超長期債発行を検討していくことになった。

日本での50年国債発行観測

日本でも現行の償還年限40年を上回る50年国債を政府が発行するとの観測が、昨年、一時的に広まった。日本銀行の金融緩和策のもとで生じている超低金利環境を生かす観点から50年国債を発行することが政府内で検討されていると、2016年7月にウォールストリート・ジャーナル紙が報じたことがそのきっかけであった。しかし財務省理財局が、「50年債発行を検討している事実はない」と直後にコメントしたことで、この観測は沈静化していった。

日本において50年国債発行の観測が浮上した背景には、①低金利のうちに超長期間の資金調達を実施し、財務リスクを軽減させる、という観点に加えて、②永久国債に一歩近づく50年国債を発行し、それを日本銀行が買入れることで、政府が将来の国債償還を強く意識せずに財政拡張策をとれる環境を作り出すという、「ヘリコプターマネー政策」的な発想もあった。実際のところ、この50年国債発行の観測は、政府の景気対策の一環として浮上したのであった。

他方、ほぼ同時期の2016年10月に、イタリアは初めての50年国債を発行し、英国など海外勢の需要を多く集めた。さらに2017年6月には、アルゼンチン政府が満期が100年のドル建て国債を発行した。

TBACの報告書

2017年5月3日にTBACは、財務長官に報告書(注1)を提出した。同委員会は、「50年、100年といった超長期債の強い需要、持続的な需要があるとの確証はない、とした上で、投資ファンドや銀行の金融専門家は、30年かそれより短い期間の国債発行を増やすことが望ましいとの見解であった」と、財務長官が念頭に置く50年、100年といった極めて長期の国債発行には否定的な見方を示したのであった。以下ではその報告書の内容を概観してみたい。

①超長期の発行は世界的にも多くない。英国の永久国債(償還期限の定めがない債券)は例外であるが、これは年金運用に対する特殊な規制によるところが大きい。
②米国での超長期国債については、海外投資家の需要は弱い。海外投資家の米国債保有は、現在短めの償還年限に集中しており、長期国債(25年~30年)の保有比率は、わずか4%程度に過ぎない。
③企業年金に超長期国債への安定した強い需要は見通せない。確定給付型年金の運用が仮にすべて超長期国債に向けられれば、2.3兆ドルの需要が生まれる計算になる。しかし、確定給付型年金の企業側負債の平均年限はおよそ12年であり、35年超えは10~15%しかないことから、超長期国債へ投資される比率は限られよう。
④生命保険、年金保険は、社債など国債よりも高い金利の商品を選好する傾向が強く、現時点で国債保有は資産全体の中で4%程度でしかない。負債の平均期間とのマッチングを考えた際に、需要があるのは20年国債である。
⑤他国で30年国債利回りと50年国債利回りのスプレッドを見ると、年金運用に特殊な規制がなされている英国を除けば、いずれの国でもスプレッドは大きく、発行者に相応のコスト負担になっている。期間構造モデルで試算すると、30年と50年の利回りスプレッドの理論値は7bp(ベーシスポイント) となるが、その他需要要因などを加味すると、スプレッドはそれよりも大きくなるだろう。
⑥計量モデルを用いた、超長期国債発行のベネフィットとコストの分析によれば、政府にとって、コストを十分に上回るベネフィットの存在は確認できない。超長期国債発行による調達コスト削減効果は小さい。他方で、需給の悪化などからタームプレミアムが高まれば、超長期国債発行による調達コストが予想外に大きくなることもある。
⑦こうした点を踏まえて、委員会は以下のような結論を導き出している。第1に、超長期国債に対する安定した強い需要があることを示す証拠は少ない、第2に、仮に国債発行の拡大が必要になる場合には、10年国債から30年国債までのゾーンで検討すべきである。20年国債を新たに発行することも検討に値しよう、第3に、40年国債、50年国債については、ゼロクーポン債としての発行は今後も研究を続けるべきであろう。それでも100年国債については、検討する価値はない。

ムニューシン米財務長官が100年の年限を含む超長期の国債を新たに米国で発行することに前向きであるのは、それによって長い目で見た政府の資金調達コストを節約できる、との考えに基づくのであろう。しかし、イールドカーブが金利期間構造に関する期待理論(注2)に従って形成されているのであれば、将来にわたる資金調達コストの期待値は、発行する国債の年限に影響を受けないはずである。この点から、債務の長期化によって政府財務リスクの軽減にいくばくかの貢献がある可能性は否定できないとしても、少なくともコスト面からの超長期国債発行のベネフィットは明確ではない。他方コストについては、国債発行・消化の不安定性、流動性低下等を指摘する向きも多い。

安定した国債消化の観点からの問題

民間からの安定した強い需要が望めない超長期国債を発行する際に、安定した発行・消化となるかどうかを検討する上で、まず米国での国債発行方式を確認する必要があろう。

米国では1970年代以降、公募での定例入札を債務管理の「支柱」と位置付けてきた。これにより、定期的で予測可能な発行体としての米財務省の信頼性を高め、安定した国債発行・消化を実現してきたのである。またそれが、入札に関わる各種リスクの低下を通じて、調達コストの低下にも貢献してきたものと考えられる。

他方、ベルギーやアイルランドは私募で超長期国債を発行しており、オーストリアやフランス、イタリア、スペインでは銀行シンジケート団が利用されている。こうした手法のもとでは、超長期国債を発行する前に、政府(発行体)は借り入れコストや需要について、投資家の感触を得やすく、その結果、安定した国債入札を実現しやすい。

これに対して、公募入札方式のもとで、民間からの需要が安定的でない超長期国債を米国で発行する場合には、不安定な入札結果となるリスクがより高く、そのリスク分だけ調達コストが上昇することも考えられる。これは、国民負担の増加に他ならないのである。超長期国債をシンジケート団なしで発行することは、他の年限よりもはるかに怖い、との市場関係者の指摘もある。

さらにこうした点に配慮して、超長期国債の発行時には、従来と異なる入札方式を採用することが検討される可能性があるが、それは、定例入札制度の下で築き上げてきた、定期的で予測可能な発行体としての米財務省の信頼性を損ねてしまうことになるかもしれない。

米国債市場の流動性低下のリスクも

また、米国での超長期債発行は、米国国債市場の大きな魅力である、高い流動性に悪影響を与える可能性も考えられる。超長期国債を発行した場合に、主な買い手となるのは、資産について長期の負債とのマッチングニーズを持つ生命保険、企業年金などの長期投資家であろう。しかしこうした投資家は、買入れた超長期国債を持ち切る傾向が強い。そのため、相当規模での超長期債の発行がなされる場合、米国債市場の取引量や流動性が低下し、それが価格の安定性などにも悪影響を及ぼす可能性があるだろう。

こうした点を踏まえると、仮に政権の強い意向があったとしても、50年、ましてや100年の国債が、近い将来に米国で新規に発行される可能性は限られよう。

市場サーベイでは100年国債の利回り予想は4%

ウォールストリート・ジャーナル紙は、エコノミストを対象に、米国での超長期国債発行に関するアンケート調査を、2017年5月に実施した(注3)。この調査によると、100年国債については否定的な意見が多かったが、50年国債については、TBACの報告書に比べて比較的肯定的な意見も少なくなかった。

質問は、年限毎の超長期国債の評価(発行を検討する価値があるか?)と、その妥当利回り水準の2点である。それによると、40年国債の妥当利回り水準の平均値は、現行30年債利回りよりも0.3%程度高い3.3%であった。これに対して、50年債利回りは3.5%、40年債利回りは3.98%であった。

超長期国債については、低金利環境の下でより高めの利回りを選好する投資家の需要が相応に期待できる面がある一方、超長期国債の利回りが上昇して、政府の資金調達コストを押し上げてしまうリスクを指摘する向きもあった。40年債、50年債については、60%超が強く安定した需要があると回答し、50%以上が、発行を検討する価値があるとした。他方、100年国債については、60%以上の回答者が、発行を検討する価値はないとしている。

サーベイ調査に見る米国金利観

米国超長期債の議論からやや逸れるが、上記のサーベイから市場での米国超長期の金利観について考えてみたい。この調査結果が示す50年国債利回り3.5%、100年国債利回り4.0%という水準は、そんな遠い先の予測値に意味があるか?という問題はあるものの、それでも現状の歴史的低水準環境が、先行き非常に長期間にわたって続くという見方を反映していると解釈できる。

米連邦公開市場委員会(FOMC)の見通し(注4)によると、FF(フェデラルファンズ)金利の長期均衡値の予測中央値は、3.0%である。他方で物価上昇率(PCE並びにCPI)の長期均衡値の予測中央値は2.0%であることから、自然利子率(均衡実質金利)の長期均衡値は1.0%程度と想定されているものと推定される。ちなみに、これら長期均衡値は、2019年頃には概ね達成される想定になっていると考えられる。

他方、米国債利回りから、金利の期間構造の考え方に基づいて試算した、市場が想定する10年後の短期金利は3.9%程度となった(図表1)。これは、10年後には、恐らく自然利子率が2%程度にまで回復することを主因に、短期金利の均衡値がさらに1%弱程度は高まっていることが想定されていると推察される。

しかし上記サーベイの超長期国債利回り見通しに基づくと、その後の短期金利水準の上昇傾向は、極めて緩慢となる。100年後でも5%程度にとどまっているのである。自然利子率2~3%、物価上昇率2~3%といったイメージであろうか。いずれにしても、米国の過去100年の平均値と比べれば、相当に低い水準なのである。


サーチフォーイールドと債券長期化傾向

日本における50年国債発行観測は沈静化したものの、企業がかつてないほど長期の社債を発行するという傾向は、日本銀行の「マイナス金利政策」導入後に強まった(注5)。従来は、10年を超える社債の発行は、鉄道や電力会社など公益系企業が中心であったが、「マイナス金利政策」導入後は製造業を含め、幅広い業種で超長期債の発行が増加していった。2016年6月には「三菱地所」、同7月には「JR東日本」が、実に40年の社債発行に踏み切ったのである。

超長期債の発行が増加している背景には、低コストで長期の資金を調達し、財務の健全化を図る発行体である企業側と、金利水準全体が切り下がり、運用難が強まる中、相対的に高い利回りを確保したいと考える投資家側の利害が一致したことがあった。ただし、超長期債の発行が過熱する中、より格付けの低い企業のクーポンレートが、格付けの高い企業を下回るなどといった歪みも生じていったのである(注2)。

また劣後債の発行が増えたことも、「マイナス金利政策導入」後の日本の社債市場の特徴であった。債務の支払い順位が普通社債よりも低い分、金利水準が高くなることが投資家のニーズを高めていることが背景にある。また、国際金融規制である「バーゼル3」対応で、資本に組み入れられ、自己資本増強に寄与する劣後債を銀行が発行していること、先行きの金融規制を見越して生命保険会社が財務体質強化のために発行を増やしている面もある。

それに加えて注目を集めているのが、早期償還などの条件が付いた劣後債を指す「ハイブリッド債」である。2016年9月にソフトバンクは、英半導体大手アーム・ホールディング買収後の財務基盤強化のために、25年の超長期で個人向けに3,500億円の「ハイブリッド債」を発行した。

このように企業が資本に近い超長期債、劣後債の発行を増加させ、また米国のように政府も超長期国債の発行を検討する背景には、中長期の観点から調達コストを抑制したいという発行体のニーズと、より高い利回りを追求する投資家のニーズとが一致したことがある。しかしその結果として、リスクが過度に投資家に累積されていることも、また確かであろう。それは、経済条件に基づく低金利環境を一段と強化してきた金融緩和策の副作用と理解しておくべきではないか。この点は、米国における超長期国債発行の副作用ともなろう。


(注1)"Report to the Secretary of the Treasury from the Treasury Borrowing Advisory Committee of the Securities Industry and Financial Markets", May 3, 2017
(注2)長期金利は、予想される将来の短期金利の平均値に等しく決まるという考え方。
(注3)"Ultralong U.S. Treasuries? Worthy Yields Required", Asian Wall Street Journal, May 15, 2017
(注4)https://www.federalreserve.gov/monetarypolicy/files/fomcprojtabl20170315.pdf
(注5)2016年上期の社債発行で超長期債の比率は約2割に達した(日本経済新聞、2016年7月30日)

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

エグゼクティブ・エコノミスト

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