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イエレン議長は『ジャクソンホール』で何を語るか?

2017年08月23日

<要旨>
今年の「ジャクソンホール」のスピーチで、イエレン議長は「Financial Stability(金融の安定)」について話す、ということが発表された。これは、先行きの金融政策方針について何らかの情報発信があることを期待してきた市場関係者に、やや失望をもたらしている面もある。「ジャクソンホール」全体のテーマとも異なるこの演題をイエレン議長が敢えて選んだ背景には、政府が進める金融規制緩和の動きを牽制しておく意図があるのかもしれない。しかし、「Financial Stability(金融の安定)」と金融政策方針の間には接点もあり、潜在的な金融システムの不安定性を強調することで、金融システムの安定に資するとの観点から、バランスシートを削減した後もそれを相応の水準に将来的には維持することの必要性を説き、またその水準の目途を語る可能性があるのではないか。それは、FRBが供給する流動性が最終的にどの程度巻き戻されるかを意味することになることから、金融市場に相応の影響力を持つことになる可能性もあるだろう。

「ジャクソンホール」、昨年と今年の違い

8月24日から26日にかけて、毎年恒例の米カンザス連銀主催の「ジャクソンホール・シンポジウム」が開かれる。昨年の「ジャクソンホール」と比べれば、今年は、米連邦準備制度理事会(FRB)関係者の表情は明るいことだろう。昨年8月時点では、FRBはまだ1回の政策金利引き上げしか実現できていなかった。そのため、「ジャクソンホール」での大きな議論の的となったのは、この先米国景気が後退に至った際に、FRBがそれに対応する余地が残されているのか、という点であった。

イエレン議長は、仮にそうした事態に至っても、マイナス金利政策など、試したことがない非伝統的政策手段を採用しなくても、①政策金利の0%までの引下げ、②資産買入れの再拡大、③フォワードガイダンス、によって対応できる、という主旨のスピーチを行った。しかしそのスピーチは、自信に満ち溢れたものであったとは言い難く、必要に応じて財政政策にも期待したいとの考えものぞかせたのである。さらにこうした流れの中で、財政政策の効果に再度焦点をあてた、シムズ教授のFTPL(物価水準の財政理論)も注目されたのであった。

しかし昨年の「ジャクソンホール」から今年の「ジャクソンホール」の間に、FRBは3回、合計で75bp(ベーシスポイント)の政策金利引き上げを実施し、多少の利下げののりしろは確保できた。また、資産圧縮の手続きについても提示し、従来示してきた計画に従って、着々と正常化の歩みを進めることができたのである。それに加えて、経済情勢は、昨年と比べても良好である。

イエレン議長のスピーチは「Financial Stability(金融の安定)」について

ところで今年の「ジャクソンホール」では、イエレン議長は8月25日に、「Financial Stability(金融の安定)」について話すことが発表された。これは、市場関係者をやや困惑させているのである。市場関係者は、この機会を活用して、先行きの金融政策方針についてFRBが何らかの情報発信を行うことを期待しているためである。「Financial Stability(金融の安定)」というテーマでは、金融政策ではなく金融システムについて話す、と考えるのが普通である。そもそも、イエレン議長が①「Financial Stability(金融の安定)」についてスピーチをすることが異例である他、②シンポジウム全体のテーマと異なるテーマで話すことも、過去2回とは大きく異なっているのである。

シンポジウム全体のテーマと異なる「Financial Stability(金融の安定)」について話すことは異例

第1の点については、過去のイエレン議長のスピーチを振り返って検証すると、テーマに金融システムあるいはプルーデンス政策を据えたのは、2014年7月の「Monetary Policy and Financial Stability(金融政策と金融の安定)」、2015年3月の「Improving the Oversight of Large Financial Institutions(大手金融機関に対する監視の改善)」の僅か2回だけである。この点に照らすと、「Financial Stability(金融の安定)」を「ジャクソンホール」でのスピーチのテーマに選んだのは異例である。

第2の点については、2016年の「ジャクソンホール」の全体テーマは「Designing Resilient Monetary Policy Framework for the Future(将来に向けた堅固な金融政策フレームワークのデザイン)」であったのに対して、イエレン議長のスピーチのタイトルは「The Federal Reserve’s Monetary Policy Toolkit: Past, Present, and Future(FRBの金融政策の手段:過去、現在、未来)」であった。

また、2014年の全体テーマは「Re-Evaluating Labor Market Dynamics(労働市場のダイナミクスの再評価)であったのに対して、イエレン議長のスピーチのタイトルは「Labor Market Dynamics and Monetary Policy(労働市場のダイナミクスと金融政策)」であった。つまり過去2回は、イエレン議長のスピーチのタイトルは、全体テーマにほぼ一致させていた。この点に照らしても、今回のイエレン議長のスピーチのタイトルの選択はかなり異例なのである。

過度の金融規制緩和を牽制する意図か

今春までは、タルーロ前理事が金融機関の監督、金融システム安定化政策を一人で担っていた。この分野では、イエレン議長はタルーロ理事にほぼ任せっきりであった、とも言われている。しかしタルーロ理事が突然辞任を表明した後、そのポストは空席のままである。トランプ大統領は、その後任となる新設の監督担当FRB副議長に、金融規制緩和推進派とされるクォールズ元財務次官を指名したが、上院での承認は未だ得られてない。

こうした状況下で、イエレン議長が「ジャクソンホール」で「Financial Stability(金融の安定)」をスピーチのテーマに選んだのは、①プルーデンス(金融機関の健全性)政策の分野に空白を作らないことをアピールする狙い、②過度な金融規制緩和に慎重なFRBとして、政府が進める金融規制緩和の動きを牽制しておく、特にクォールズ氏が承認されるまでにその姿勢を明らかにしておく、意図があると考えるのもおかしくないだろう。

「ジャクソンホール」で敢えて金融政策方針を示す必要性は低い

その場合には、金融市場が期待しているような、先行きの金融政策方針についての情報発信がなされない可能性もある。ただし、①政策金利の引き上げについては経済指標次第、特に物価指標次第であり、当面は様子見である一方、②資産圧縮策については9月にも開始し、一度開始すれば既に示した方針に従って修正することなく淡々と進めていく、という点でほぼ共通認識がFRBと金融市場との間に既に成立している。この点から、「ジャクソンホール」の場を使って、先行きの金融政策方針について、敢えて追加的な情報発信を行う必要性は小さいとも言えるだろう。

「Financial Stability(金融の安定)」と金融政策方針の接点

しかしながら、「Financial Stability(金融の安定)」というテーマのもとでも、先行きの金融政策方針について重要な情報発信を行う可能性が全くない訳ではない。バランシート削減(資産圧縮)策については、最終的にどの程度の水準まで削減を進めるかについて、依然として明確な説明がなされていない。グローバル金融危機以前の水準を相応に上回る水準を維持するという方針だけが示されているのみである。

恐らく昨年の「ジャクソンホール」までは、FRBは最終的に超過準備を解消させ、バランスシートをグローバル金融危機以前の水準まで下げる方針であったとみられる。その方針を変えたのが、昨年の「ジャクソンホール」での議論であったと筆者は推察している。そこでは、高水準のバランスシートを維持することのメリットが、経済学者から示されたのである。そのうち2つは、金融システムの安定という観点であった。

高水準のバランスシートを維持することが金融システムの安定に貢献

第1は、FRBが安全で流動性の高い短期債務に対する金融機関のニーズに、今後も応え続けることが、金融システムの安定維持の観点から望ましいとの主張である。それがFRBの中銀当座預金であり、また所要準備先以外の金融機関も含めて短期の資金運用ニーズをFRBが満たす、レバース・レポ・プログラム(RRR)を高水準に維持し続けることなのである。そのためには、FRBは高水準のバランスシートを維持することが求められるが、それによって金融システムの安定が確保されるのであれば、FRBは雇用、物価のコントロールに集中することもできるだろう、と主張された。

第2は、FRBがバランスシートの規模を高水準に維持し、超過準備を持ち続けることは、金融危機の際にFRBの最後の貸し手(lender of last resort)機能を強化できる、という見解である。金融危機の際には、中央銀行が最後の貸し手(lender of last resort)として銀行に流動性を供給するのが通例である。しかし問題のある銀行と見なされることを恐れるため、銀行が中央銀行からの流動性を受け入れたがらない場合がしばしば起こる。これはスティグマ(Stigma;汚名)とも言われるものである。そこで、常時バランスシートを高水準に維持するとともに、FRBが銀行に対する資金供給を経常的に行っていれば、危機時にスティグマの問題に煩わされることなく、最後の貸し手(lender of last resort)機能を十分に発揮でき、金融システムの安定維持に貢献する、との主張がなされたのである。

金融市場に相応の影響も

このように、金融システムの安定の観点から、イエレン議長がFRBのバランスシートの最終的な水準に関する見通しについて、今回の「ジャクソンホール」で言及する可能性がある。つまり、潜在的な金融システムの不安定性を強調することで、金融システムの安定に資するとの観点から、バランスシートを削減した後もそれを相応の水準に将来的には維持することの必要性を説き、またその水準の目途について語る可能性があるのではないか。それは、FRBが供給する流動性が、最終的にどの程度巻き戻されるかを意味することになることから、金融市場に相応の影響力を持つことになる可能性もあるだろう。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

エグゼクティブ・エコノミスト

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