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7月FOMCのMinutes-Philips Curve

2017年08月17日

はじめに

7月FOMCの議事要旨に関する欧米メディアの報道の多くは、バランスシートの縮小を開始するタイミングに関する議論に注目しているようだ。確かにそれは次回(9月)の決定内容を予想する上で重要ではあるが、今回の議事要旨にはより長い目で見て「正常化」のプロセスを展望する上で興味深い論点も含まれている。

経済情勢の判断

FOMCメンバーは、米国の経済活動が総じてみれば前回(6月)のFOMCで改定した見通しに沿って動いているとの見方で一致した。その一方で、賃金と物価については様々な議論が展開された(6ページ右段~7ページ左段)。

まず、失業率が一段と低下する中で賃金上昇率が加速しない点に関しては、数名(a few)のメンバーが(比較的低賃金である)非熟練労働者の雇用増加による影響を指摘したほか、多く(a number of)のメンバーが、生産性の伸び率やインフレ率の低さとは整合的であるとの説明を行った。

物価に関しては、多く(many)のメンバーが最近のインフレの減速が個別要因によるとの見方を示すとともに、そうした効果が今年の下半期も継続するとした。また、ほとんど(most)のメンバーは、今後2年間にはインフレ率が2%近辺で安定するとの見方を維持したものの、多く(many)のメンバーは、インフレ率が2%目標を下回る期間が予想よりも長くなるリスクを認めた。

さらに、長期のインフレ期待が低下することは望ましくないとの考え方で一致したものの、現状評価については、一人(one)のメンバーが様々な指標で見て安定しているとしたのに対し、他の数名(a few others)のメンバーはインフレ期待の低下も実際の低インフレ率の原因の一つであるとして、インフレ期待の改善が必要との見方を示すなど意見が分かれた。

その上で、多く(a number of )のメンバーは、金融政策運営のためのインフレの分析が、「所与のインフレ期待の下で、財やサービスのマクロ的需要や経済資源の利用が、長期に持続可能な水準を上回るに連れて、物価や賃金が上昇するとの枠組み」-つまり、Philips Curve-に多くを依存していることを確認した。これに関して、数名(a few)のメンバーは、こうした枠組みがインフレ予測にとって格別有用でなくなった可能性を示唆した一方、ほとんど(most)のメンバーは依然として有用との見方を維持した。

こうした議論を踏まえて、メンバーは低失業率と低インフレが共存する理由について仮説を提示した(7ページ右段下~左段上)。

具体的には、経済資源の需給逼迫に対する価格の感応度の低下、自然失業率の低下、失業率によるslacknessの推計の問題、労働市場のタイト化に対する名目賃金調整のラグ、海外経済の影響や技術革新に伴うビジネスモデルの変化を映じた企業の価格決定力への制約などである。この間、二名(a couple of)のメンバーは、失業率がovershootすればインフレ率の感応度は高まるとの見方を示したが、他のメンバーはこうした非直線的な関係は実証的に支持されないとして否定的な見方を示した。

こうした議論は政策決定の必要のなかった7月FOMCだからこそできた面もあろうが、インフレが加速しない理由に関して構造的な要素への注目が高まりつつあることは、一時的要因をハイライトした声明文のトーンとは異なっており、興味深い面がある。つまり、こうした考え方の下でもFOMCが現在想定している中期的な利上げペースを維持しうるかどうかが注目される。

Financial Condition

今回のFOMCはfinancial conditionの評価に関しても多くの議論を行った(7ページ右段~8ページ左段)。まず、米国債利回りが低いことは、政策金利のパスに関する予想とterm premiumが双方とも低いことを反映しているとした上で、多く(a number of)のメンバーが、インフレ期待が低すぎること、ないし投資家による過度な利回り追求を助長すること、といった点で懸念を示した。

また、株価の上昇については、低位な長期金利とともにfinancial conditionの緩和に寄与しているとした上で、FRBはそうでない場合に比べて金融政策をより引き締め気味に運営すべきとする意見と、実質自然利子率の低下を含むファンダメンタルズの変化を反映したものであるので、総需要に大きな影響を与えることはないとの見方に分かれた。

金融システム安定との関係に関しては、二名(a couple of)のメンバーは、株価上昇は経済環境の好転を背景としており、投資家はleverageを拡大していないとの楽観的な見方を示した。加えて、数名(several)のメンバーは、銀行の自己資本や流動性は潤沢であり、金融システムのリスクは小さいと指摘した。もっとも、金融機関の行動変化-貸出基準の緩和や不安定な資金調達源への依存-や、市場流動性の低下や投資家による特定の資産への集中投資が金融不均衡を生み出す兆候について、今後も注視していく必要がある点で合意した。

政策判断

次回(9月)の政策判断を展望する上ではバランスシートの縮小がポイントであり、議事要旨が示すように7月会合時点での開始を主張するメンバーが数名(several)いたことや、それ以外のメンバーも比較的早期(relatively soon)の開始に合意しただけに、余程のことがない限り次回(9月)に行うというコンセンサスが示唆される。

もっとも、今後の利上げに関しては、上記の議論から想像されるように意見の対立が残っている。数名(some)のメンバーは低位なインフレ率に懸念を示し、利上げに関してpatientになる余裕があると主張した一方、他の数名(some others)のメンバーは、金融緩和の解除の遅延が、インフレ率のovershootの是正に伴う経済的コストを発生させたり、金融システム安定のリスクを高めたりすることに警戒を示した。

その上で、多く(a number of)のメンバーは今後の利上げがfinancial conditionとそれが経済に与える影響に依存すべきであるとして、具体的には、FRBのバランスシート縮小が長期金利に与える影響や、国内外の要素が資産価格に与える影響、景気拡大に伴う自然利子率の上昇といった点に注目すべきと指摘した。

「構造的インフレ論」と同じく過大評価に注意する必要はあろうが、financial conditionに着目することは、賃金や物価の上昇が加速しない場合にも利上げを進めていく上で理由の一つになりうる面はある。その意味では、この点に関する議論の展開も、中期的な利上げのペースを展望する上で考慮に入れておく必要があるように思われる。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

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