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『人づくり革命』と出世払いの『教育国債』構想

2017年08月17日

<要旨>
政府が新たな政策として掲げている「人づくり革命」には、経済効率を高めるという「右派」的な経済政策の側面と、機会均等、弱者救済という「左派(リベラル)」的な側面とが混在しており、これが企業の対応を効果的に引き出すことを難しくさせている面もあるように思われる。他方、「人づくり革命」の中で、大学の授業料を無償化し、その財源を「教育国債」で賄ったうえで、その後大学生が社会人となり、所得が一定以上となれば政府に授業料分を返金するという、「出世払い」制度が検討されている。しかしこの枠組みには、大学生、社会人が技能を磨くことで所得を高めるというインセンティブを低下させるというモラルハザード発生の可能性があり、それが経済効率を高める狙いには逆行してしまうという問題点があるように思われる。

「人づくり革命」とは何か?

新たに創設された「人づくり革命」担当大臣を兼務する、茂木経済再生担当大臣は、8月4日の記者会見の中で、「人づくり革命」政策の目的について、「潜在成長力が不足しており、人づくりの分野などで改革を進める」(注1)と説明している。労働生産性を高め、潜在成長率を高めることが「人づくり革命」政策の目的であるとすれば、それは経済の活性化、国民生活の向上の観点から望ましい。しかし、現時点で検討されている「人づくり革命」の内容は、もっと複雑なものである。

テーマは5つあり、①人的投資を核とした生産性向上、②社会人のリカレント(学び直し)教育、③人材採用の多元化、高齢者活用、④無償化を含む教育機会の確保、⑤全世代型の社会保障への改革、となっている。それぞれ詳細は明らかではないが、このうち①及び②は、労働生産性向上を高める施策、③は労働供給を拡大させることで潜在成長力を高める施策、と言える。他方で④及び⑤は、機会均等、弱者救済的な施策であろう。このように、前者は「右派」的な施策、後者は「左派(リベラル)」的な施策と、異なる目的の政策が一つの政策パッケージの中に混在している。「人づくり革命」と銘打っても、その目的が統一されていないと、企業の対応を効果的に引き出すことができないのではないか。この点から、両者を明確に分け、一つのパッケージではなく別々の政策として打ち出した方が効果的なのではないか。政策目的の多元性という観点からは、「働き方改革」にも同様の側面があったように思う。

検討される「出世払い」制度

「人づくり革命」の5つのテーマのうち、④無償化を含む教育機会の確保、に関して、大学卒業後、一定の収入を得たら授業料を「出世払い」で返済する制度を政府・与党が検討していると、8月13日付けの日本経済新聞が報じている(注2)。またこの制度は、「人づくり改革」の目玉に位置付けられるという。幼児教育を含む教育無料化の財源としては、自民党内で「教育国債」と「こども保険」との間で意見の対立が与党内で続いてきたが、「出世払い」制度で一部自己負担とすることで、国民負担をその分軽減し、「教育国債」方式への国民の支持を広めよう、という意図があるとされている。ただし、担当大臣の茂木経財相は、「教育国債は現在の負担を子供たちに先送りすることになるため避けるべきだと基本的には考えている」と日本経済新聞社のインタビュー(注3)で述べており、政府内での意見調整はまだ十分になされていない模様である。

「出世払い」制度の問題点

現在検討されている教育国債を活用した「出世払い」制度は、大学生の授業料を政府が支払い、その財源は「教育国債」の発行によって賄われる。その後、大学生が社会人となり、所得が一定以上となれば政府に授業料分を返金するというものであるようだ。

しかしこの制度には、理論的にはモラルハザードのリスクが含まれているように思われる。社会人になってから、所得が一定以下であれば大学の授業料を政府に返金する必要がないということは、大学で、あるいは社会人になってから、技能を磨くことを通じてより高い給与を得るという意欲をその分削ぐことになってしまう面が、多少なりともあるのではないか。これでは、茂木大臣が言う、労働生産性を高め、潜在成長率を高めるという「人づくり革命」政策の目的に逆行することになってしまう。

日本経済新聞(注2)でも指摘されているように、短大も含めた大学進学率が約8割にも達していることを踏まえても、日本で教育機会の均等の理念が強く脅かされているようにも見えない。その中で、国民に追加的な負担を強いてまで、大学教育まで無償化を進める必要があるのか、疑問な面もある。幼児教育などとは異なり、大学教育まで無償化するために新たに国民全体、あるいは将来世代の負担を高めることには、国民の間でなかなか支持は得られにくいのではないか。憲法改正の論点の一つである、教育の平等の理念を実現させるというリベラルな政策目標の実現のために、一層の国負担の増加や、既に述べたモラルハザードの可能性を通じて、経済の効率性、活力を削いでしまうことになってはならないだろう。

2つの政策目標同時達成に工夫を

教育の機会均等というリベラルな政策理念と、経済の効率性、活力を高めるという目標を、お互い矛盾なく同時に達成するためには、既存の奨学金制度の改革、拡充などでも有効であるように思われる。大学で成績の良い生徒には奨学金の返済を減額あるいは免除するという制度は、学生の勉学向上への誘因を高め、将来の労働生産性向上に貢献するだろう。また、社会人になってから奨学金を返済するという負担も、大学あるいは社会人になって技能を磨くことで、相応の所得を得て、返済を滞りなく進めるというインセンティブを高めることに繋がるだろう。

本コラム「人材への投資とこども保険」(2017年7月26日)でも述べたが、新たな教育費の無償化、教育支援策については、高等教育を対象としない形としたうえで、その財源は、①年金から控除する形で年金世代にも負担を求める「こども保険」の創設、あるいは②「こども保険」と、すべての現役世代が負担する「消費増税」との適切な組み合わせを財源とするのが、受益者と負担者とのバランスの観点から妥当であると筆者は考えている。


(注1)産経新聞(2017年8月5日付)
(注2)「大学授業料出世払いで」日本経済新聞(2017年8月13日)
(注3)「教育無償化、対象拡大へ」日本経済新聞(2017年8月10日)

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

エグゼクティブ・エコノミスト

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