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BOEのカーニー総裁の記者会見-Smooth transition

2017年08月04日

はじめに

BOEの金融政策は、Brexitの展望に係る不透明性が主として為替市場とマインドを通じて実体経済に及ぼす影響だけでなく、マクロ・プルーデンス政策とのポリシーミックスの関係や、BOEの政治的な立ち位置の問題を含め、多様な要素による影響を受けているため、やや理解し難い状況になっている。そこで、同時に公表されたMinutesやInflation Reportにも触れつつ、当面のポイントを検討しておきたい。

景気と物価の見通し

BOEで金融政策の決定を担うMPCは、今回、新たな見通しを公表したが、景気と物価の双方とも前回(5月)と概ね変化していない2017~19年の実質GDP成長率は+1.7%→+1.6%→+1.8%と、前回(+1.9%→+1.7%→+1.8%)に比べ、足許が若干下方修正されたに止まった。また、CPIインフレ率(各年の第3四半期)は+2.7%→+2.6%→+2.2%とされ、前回(+2.6%→+2.6%→+2.2%)に比べ、足許がわずかに上方修正されたに止まった。

もっとも、こうした見通しの背景となる英国経済の動きについては、今回も様々な議論が行われたようだ。MPCは、情勢判断のポイントを4つに整理している(Inflation Reportの33~38ページ)。すなわち、①ポンド下落に伴う物価への影響は見通し期間の後半にようやく減衰する、②賃金が労働のslack解消に伴って緩やかに上昇するので、見通し期間の後半にインフレ率は安定する(減速しない)、③賃金上昇が緩やかでインフレ率は高止まるため、個人消費は低迷を続ける、④海外経済の拡大とポンド安により、輸出と輸出セクターによる設備投資は回復していく、というものである。

これらについて簡単に検討すると、①は為替レートによる国内物価へのpass throughにおける時間的ラグを長めに想定していることを意味し、予てMPCメンバーが主張してきた点と整合的である。一方で②には不透明性もある。実際、MPCは失業率の見通しをさらに下方修正した(2017~19年にかけて4.4%→4.4%→4.5%とした<前回(5月)は4.7%→4.7%→4.6%> )。これは、労働市場の拡大が続く下で賃金上昇が加速しない状況を反映したものであり、slackの正確な推計が難しいことを示唆している。

③は、賃金上昇が進むが緩やかという②を受け入れれば導かれる結論だが、②に相応の不確実性がある以上、必然的に不安定な面を含む。それに比べて④は、海外景気が崩れない限り、比較的賛同を得やすいポイントであろう。

これらを総合すると、1)インフレはポンド安から賃金へと主たる要因のシフトを伴いつつも、結局は見通し期間を通じて目標をovershootする、2)個人消費の低迷は続くが、輸出と設備投資の支えによって景気も安定を保つ、というのがMPCの多数派による現在のシナリオであると理解できる。

その上で、今回の記者会見ではシナリオの大前提に関する質問が多く示された。つまり、MPCは、家計と企業がsmoothなBrexitを予想しているとの想定の下で、上記のシナリオを組み立てている。しかし、カーニー総裁も記者会見で認めたように、これまでの設備投資や賃金設定が慎重であったことには、企業経営者によるBrexitの展望に関する不安が関係している可能性も否定できない。

もっとも、Brexit後の景気判断に関してBOEが様々な批判を受けたことを考えると、企業や家計の不安心理を前提にシナリオを組むことは政治的には極めて難しいように思われるし、BOEとしてもこうした問題は承知の上で、より「現実的」な前提を置くことをあきらめざるを得ないように見える。

政策判断

今回のMPCは金融緩和の現状維持を決めたが、MPCメンバーの2名は利上げを主張して反対票を投じた。また、Minutesには利上げの賛否両論が比較的詳しく記載されており(6ページ後半~7ページ前半)、先行きの利上げに向けた議論が相応に行われたことが示唆される。

このうち早期利上げ論は、上記のようにインフレ率が中期的に高止まるとみられる上に、景気も、輸出や設備投資だけでなく個人消費も堅調に推移する可能性があるとみている。その上で、潜在成長率の低下に伴って、労働のslackは大きくないと考えれば、インフレが加速するリスクがあるとの見方にあるようだ。

これに対し利上げ慎重論は、Brexitの展望を巡る不確実性やそれに伴う家計や企業のマインドへの影響を考慮すると、景気の先行きに大きな不安定性があるとしている。加えて、インフレ期待が安定していることや、先行きの賃金上昇に不確実性が残ることを踏まえ、インフレが加速するリスクは少ないと考えているようだ。

金融緩和の現状維持を決定した以上、今回のMPCで後者に対する支持が多数を占めたことは、Minutesが明記している通りである。もっとも、カーニー総裁は、潜在成長率の低下によって実質的なslackが残り少ない可能性を記者会見で再三言及したほか、今回の声明文やMinutesにもこうした見方が盛り込まれている。

加えて、カーニー総裁による記者会見の冒頭説明でも、英国経済が今回の見通し通りに推移した場合、金融市場がイールドカーブに織り込んでいる予想よりも「幾分か強めに(somewhat greater)」利上げを進めることが必要となるとなる可能性に言及した。これはMinutes ( 7 ページ) やInflation Report ( 冒頭のsummary)にも明確に記載されている。

この点に関する記者の質問に対して、カーニー総裁は特定の時期や幅を念頭に置いた議論ではないことを強調した。もっとも、実はInflation Report(31ページ)が明らかにしているように、市場による初回の利上げ見通しは、前回(5月)時点では2019年第4四半 期であったものが、今回は1年前倒しされている。カーニー総裁は、新たな市場見通しでも不十分と示唆している面もあり、その意味で、市場からは相応にhawkishな見方と解釈される可能性がある。

もう一つ興味深いのは、Minutes(7ページ前半)に明記されたように、FPC等による政策判断を念頭に置きつつ利上げの必要性を示唆している点である。マクロ・プルーデンス政策とのポリシーミックスの視点が加わっている訳であるが、FPC側の政策判断はCCyBによる自己資本比率規制の強化のように「引き締め方向」であるだけに、金融政策でバランスを取るのでなく、双方の政策の整合性を採る方向が示唆されている訳である。

TFSを来年2月で計画通り終了させることも考慮すると、BOEの政策判断はいずれも金融環境をタイト化する方向に働きうる。ポンド安の抑制も展望しているのかもしれないが、個人消費や設備投資への影響という要素とのバランスを慎重に見極めることも不可欠であろう。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

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